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おとぼけ起業家列伝/「勘違い力」に恵まれた男




「バッタリ」は、偶然知人などに出くわした時にも用いる副詞だが、人が倒れ込む時などにも使う。

東京都内のとあるビルで、ヒロボウとバッタリ再会した時は、「もう二度とこの男とは会いたくない」と思っていただけに、私はそれこそバッタリ倒れそうになった。

「増田さん、お久しぶりです! お元気でしたか」。ハキハキとした口調。まぶしい笑顔。ヒロボウは青年起業家の見本のような態度をひけらかして私のもとに駆け寄ってきた。最後に会った時、あれだけこっぴどく叱りつけたのに。その後、彼から「会いたい」という電話やメールをもらっても、「ヤダねったらヤダね」と、相手にもしなかったのに。

半年前、あろうことか彼は私にこんな悪罵を投げつけたのだ。

「増田さんは僕にすぐ、『そんな甘い考えで起業家を続けられると思うのか』って怒りますけど、続けられなかったらまた会社に勤めればいいだけでしょ。増田さんはもう中高年だから無理でしょうけど、僕はまだ20代ですからいくらでも就職できるんですよ」と。

コ、コイツ??! 今思っても、その時よくぶん殴らずに済んだものである。そう考えると確かに私は年を食ったのかもしれないなあ……。いやいや、そういう問題じゃない。

ヒロボウは27歳。旅行関連会社を起こして2年になる。どんな起業家も初めは苦労の連続が当たり前だ。なのに、こいつは学習したり改善したりという努力を放棄して、すぐに「何かもっと儲かりそうな商売はないですかねえ」などと電話をしてくるクセがあった。それでとうとう私がキレたら、逆ギレして、かような暴言を私に浴びせたのである。フツー、それで終わるでしょ、人間関係。

この男、いったい何なんだ? 記憶力が著しく不足しているのか。とにかくもうウンザリ。だから「悪いけどキミとは話したくない」と、私はバッタリでくわした際に、正直な気持ちを告げた。気の毒な気はしたが……。

「それそれ。ああ懐かしいなあ。そういうふうにワザと冷たい言葉を口にして、僕を頑張らせようとしてくれるのは、やっぱり増田さんしかいないんですよね。良かったですよー。お会いできて」。

「えっ……?」。私は本当にバッタリいってしまってもおかしくないほど脱力した。

記憶が欠如しているのではないのだ。ヒロボウは常人の域をはるかに超える「勘違い力」に恵まれていたのである。
「あ、今日は急いでいるので」。

青年はその場を明るく立ち去っていった。なぜか取り残されるかたちになった私は、意外にも腹が立たなかった。「思い込みもこのレベルにまでなれば、ひとつの才能だな」と、妙な納得感があったから。

たぶんヒロボウは会社員に戻らないだろう。というか、あんな勘違い野郎を採用する企業などあるはずがない。あってはならない。だからガンバレよ、ヒロボウ。

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