Vol.29 若井明夫さん

新潟県発 田舎での生活&農業体験を提供する、 古民家を再利用した宿泊施設の運営

貸民家 みらい 若井明夫 さん
新潟県十日町市

古民家での田舎暮らしのほか、農業体験や加工品づくり、自然観察も

事業内容は?

古い民家を改修し、それを貸民家として提供しています。1棟丸ごと貸し出すというスタイルで、家族やグループの利用が多いですね。当初は私の生家だった家1棟でスタートしましたが、その後、使われなくなった地域の民家を買い上げて、現在は4棟を運営。ご要望のあるお客様には、田植えや稲刈り、野菜の作付けと収穫などの農業体験サービスも。田んぼのオーナー制度も取り入れて、都市に住む方たちとの定期的な交流事業も行っています。また、自家米のコシヒカリによるどぶろくづくり、納豆づくり、味噌づくりなど、まだ少量ではありますが、販売も手がけています。

その事業はどのように市場ニーズを満たすのか? あるいは顧客の課題を解決するのか?

民宿のように部屋を貸すのではなく、1棟貸し切りなので、いわば古民家の貸し別荘。お客様それぞれの希望に沿うかたちで、自由なスタイルの田舎暮らしを満喫いただいています。食材は持ち込みいただき、台所を利用して炊事。最近は、釜でご飯を炊いて、囲炉裏端で食事しながら歓談。お風呂も薪で焚いてという、かつての田舎の生活そのものを楽しみたいというお客様が多いです。もちろん、ご要望があれば地域に伝わる郷土料理なども準備します。また、農業体験を目的に来てくださるお客様もどんどん増加中。小さい子どものいる家族や、学生サークルなど、年間を通じて何度もいらっしゃるグループも。天体観測、野鳥、植物、昆虫、ホタルの観察なども、専門のインストラクターを招へいして開催しています。さらに、そば打ちや餅つき、納豆づくり、豆腐づくり、燻製づくりなど、田舎ならではの食体験も大変好評です。

時代の要請の高い貸民家事業と、特区全国第1号のどぶろくを経営の柱に

起業のきっかけや動機は?

実は、本業は測量会社を営みながらの兼業農家。若い頃は東京など、都会に出て働いていましたが、測量会社はUターンして起業しました。その頃、この地から都市部への人口流出が激しくなっていたんです。ここは新潟県十日町市でも山間部に当たる合併前の旧松代町。人口減に悩む過疎地域ですが、祖父・曽祖父の代から受け継がれた立派な民家が多く残されています。豪雪地帯ゆえに、どの家も雪積に耐えられるようにガッシリとつくられており、新潟中越地震にも耐え抜いた家は、少し手入れをするだけで今後も十分住める家がほとんど。しかし、生活に便利な町中に移住したり、都会に出た息子や娘たちのところに移り住む人も多く、空き家が増えています。何とかして、古民家が立つ郷愁をそそる風景を残したい。そして、古民家生活を都会に住む人に体験してもらい、地域の人たちとの交流も促したい。そんな思いでこの事業をスタートしました。それが1998年のことです。

どのように準備を進めた? 何を勉強した?

貸民家を利用されるお客様には、ぜひ農業体験や、田舎の食体験もしてほしいと、グリーンツーリズムを行っている民宿などに視察に行きました。また、貸民家や農業体験事業を行うための勉強と考えてやっていたことではないですが、若い頃から食生活について深く考えており、かれこれ20年ほどマクロビオティックを実践してきました。マクロビオティックとは、幅広い解釈がありますが、簡単に言うと自然の摂理に即した食物を摂取すること。そして自然な生き方や暮らし方を守ることが、健康で楽しい生活につながるというもの。その考え方は、今の事業に確実に生かされていると感じています。うちでは、米も野菜類も農薬や化学肥料を使わずに栽培しています。実家が農家でしたから、子どもの頃から農作業を手伝っていました。でも、農薬や化学肥料を使わない農法に関しては、私の代から実験を始めたことであり、どこかで勉強するというより実践による成果の積み重ねによるものですね。今も、日々、実践・勉強の毎日です。

これまであったピンチは? それをどうリカバリーした?

赤字は本業の測量でカバーしていますから、今もピンチといえばピンチ。今後は、貸民家とそれに付随する農業体験などを本業に転換することが最大の目標です。そこでうちならではの特色づけが必要と考え、小泉内閣時代の構造改革特区による「どぶろく特区」の申請を行いました。申請の条件は、農家民宿や農家レストランを経営し、米を栽培する農業者であること。そんな条件もうちにピッタリだったんです。そして2004年の3月、どぶろく特区酒造免許を全国第1号として取得することができました。そのどぶろくが大変好評で、仕込みは通年で行っており、これから経営の一つの柱になるものと期待しています。また、農薬・化学肥料不使用で自家栽培しているサトイラズという大豆で納豆づくりも行っています。藁で包んで、その藁にすむ天然の納豆菌で発酵させているもので、特に都会にファンが増えています。

都会の人にとっての“田舎の親戚”になるべく、ふたりの息子たちと奔走中

いま、一番課題だと感じる事柄は?

やはり、貸民家とそれに付随する事業単体で考えると、現状では赤字から脱却できていないことが最大の課題です。元々の本業である測量会社の仕事は主に公共事業の受注によるもの。公共事業の減少が予測できましたから、徐々に仕事の転換を図ってきたのです。しかし、予想以上に公共事業の落ち込みが早く、十分な準備期間を得られず売り上げは激減。とはいえ、貸民家とそれに付随する事業は、昨今の田舎人気や安全な食の志向があいまって、少しずつ売り上げが増えています。将来の方向性については間違いないものと信じており、お客様の要望をしっかりとくみ上げて、都市と田舎との交流促進にも貢献していくことで、近い将来、単独で黒字に転換することも可能だと考えています。どぶろくや納豆、味噌や野菜を使った漬物づくりなど、商品は、あくまでも本物に徹することを守りぬいていきたいですね。そのためには、日々の発見や小さなことの積み重ねが重要だと感じています。また、ふたりの息子たちも大学卒業後は家に戻って来て、今では一緒に仕事に携わってくれています。まだ私の思いが十分伝わっていない部分もありますが、時代の変化に敏感な若い人たちの意見も生かしていかないと。より良い田舎体験をお客様に提供できるよう、息子たちと理念や目標を共有していくことも重要だと感じています。

事業を継続発展させることよって実現したい夢は?

今の社会は経済至上主義で、人間性や人間本来の健康的な生活を見失いがちです。その原因のひとつが、東京をはじめとする都市への一極集中。確かに都市生活は便利ですが、その便利さと引き換えに失ってしまうものも多々あります。どこで、どのようにつくられたのかわからないものを食べなければならなかったり、いやでもゴミの大量廃棄をしなければならなかったり……。自然・環境保全の志向が高まっているのに、理想とする生活は都会では無理。そんな風潮の中、捨て去ってしまった大事なものを掘り起こしたいと、田舎の生活を求めて来てくれるお客様の存在そのものが自分にとっての大きな喜び。来たいと思った時にいつでも気軽に遊びに来ていただける貸民家として、私たちが、都会の人たちの“田舎の親戚”になることが目標です。

若井さんのプライベート&ストレス解消法

ストレスはナシ! 日々の疲れは孫たちがやわらげてくれます

毎日、やりたいことのために生きている実感がありますので、これといったストレスは感じていません。自分たちで丹精込めて育てた農作物で、漬物や味噌や納豆をつくって食すという生活は都会ではできない営みです。また、そんな生活を求めて来てくださるお客様との交流は、私にとってかけがえのないもの。プライベートでは、ふたりの息子家族との触れ合いも格別。特に3人の孫たちは、日々の疲れをそーっとやわらげてくれる存在ですね。


【文】NICe編集委員 田村康子