Vol.32 高田賢二さん

神奈川県発 製品開発を超専門技術と人材育成で バックアップする、ものづくり支援会社

有限会社ロイドエンジニアリング 高田賢二 さん
神奈川県横須賀市

"モノ"に対する高度な解析技術「CAE解析」を、"ものづくり"に役立てる

事業内容は?

CAE(Computer Aided Engineering)解析というコンピュータシミュレーション技術を使って、製造業の“ものづくり”に対する技術支援を実施しています。CAE解析とは、有限要素法に代表されるような計算工学に基づいて、対象となる“モノ”に力や温度、拘束がかかった時などの現象を近似的に求める解法のことを指します。その、有限要素法とは数値解析法のひとつで、複雑な形状や性質を持つ物体をできるだけ単純化して小さく分割し、各部分の解析結果を足し合わせることで全体の現象を近似値として求める方法です。CAE解析では、解析対象となる物体を、3角形(4面体)や4角形(6面体)のように「単純形状の集合体」として扱い、一つ一つの単純形状について近似的に変形や力を算出。それを足し合わせて全体の現象を再現します。そのため、この単純形状を非常に細かくとれば、複雑な形状でも単純形状の集まりとして表現することができ、“モノ“全体の変形や力を予測することが可能になるのです。しかし、単純形状一つ一つの変形や力を計算して足し合わすという膨大な繰り返し作業が必須なため、コンピュータを駆使する必要があるのです。CAE解析では、実際に生じる現象をコンピュータで再現することができるのですが、鍵となるのは、その結果を「いかに“ものづくり”に役立てるか」ということですね。

その事業はどのように市場ニーズを満たすのか? あるいは顧客の課題を解決するのか?

このCAE解析が実際に使われているケース、また、今後大いに使っていただきたいのは、製品開発に取り組んでいる製造業。すでに全面的にこの技術を取り入れて製品開発を行っているのは自動車関連企業です。具体的には、まず、自動車の衝突安全性能や耐久性能など、設計図面から作成した計算モデル、つまり、実際の実験を模したデータから“モノ”の性能をバーチャルに評価するコンピュータ計算を実施。それにより、変形量や各部に生じる力を予測します。さらに、その結果を分析して、目標性能を満足しているかを判断し、問題点がある場合は、構造に対する対策の提案まで実施することが業務範囲となります。自動車関連企業のように、すでにCAE解析を製品開発に適用されているお客様には、即戦力として、あるいは、新たな活用方法の提案や技術者の育成などでもご活用いただいています。また、CAE解析を適用されていないお客様には、当社がCAE解析業務を恒常的に請け負うなど、手軽にCAE解析を実践し、導入するためのお手伝いをさせていただくこともあります。従来、自動車(部品)の製造現場では、試作製品による性能評価を繰り返し行わなければならないため、度重なる材料調達や部品製作が必要でした。そこにCAE解析を導入することで、より安全性能や耐久性能の高い試作製品をつくり込むことが可能になり、結果として試作回数が格段に削減できるようになりました。これは、製品開発コストの低減、開発期間の短縮に大きく貢献しています。また、建築構造物の耐震性能評価など、構造物があまりにも大きいために性能評価が困難な製品でも、CAE解析を用いれば、その性能を細部にわたって確認して対策を講じることができます。よって、従来は困難であった、確かな耐久性や耐震性といった付加価値を製品に与えることができます。

同業者や競合との差別化ポイントは?

CAE解析は比較的新しい分野であるため、豊富な経験を有している人材が少なく、また、計算力学など高度な専門知識が結果を左右しますので、経験・知識の両方を持つ当社の専門技術は、お客様から高い評価を受けています。また、当社は、その専門技術を必要な時に集中して生かしていただくというスタンスで、雇用にとらわれない個人=IC(Independent Contractor)として技術支援を提供しています。そのため、お客様のニーズ、規模や内容に合わせて支援形態を柔軟に変化させられることが強みでもあります。製品の試作・実験・検討の回数を減らせることから、お客様にとっても、費用対効果への高い満足感が得られるものと自負しております。

運転資金の枯渇、それに続く貸し倒れ。窮状を救ってくれたのは同業の先輩技術者

起業のきっかけや動機は?

独立前は、大手自動車会社、および自動車関連会社で車体開発に携わっていました。技術者として働いていた当時、ふたつの起業に対する動機が生まれました。ひとつは、自分自身の技術者としてのスキルを維持して発展させたいという思いです。会社内では、昇格するにつれて実務作業をする機会が減っていきます。それによって、新たな発見や試みを実践する技術者としての喜びも失っていくことに気付いたのです。やがて、「このままでは自分は技術者ではなくなってしまう」と強い不安感を抱くようになり、実務能力を失わず、自己発展が図れる起業を考え始めました。もうひとつは、「製造業が直面している技術の空洞化を食い止めたい」という願いです。製造業では、アジア各国の安価な人件費の活用により、コストを大きく低減することができるようになりました。しかしそれは、国内の技術をどんどん海外へ輸出していることを意味します。一方、国内では、これまでの技術を支えてきた団塊世代が引退の時を迎えています。残った若手技術者は、開発期間の短期化を実践するため、マニュアル化・細分化された業務をこなすだけとなってしまい、技術や知識を引き継いで発展させていくための人材育成がおろそかに。その結果として、技術が空洞化していく現場の様子を目の当たりにしてきました。そこで、急務となっているのは、製造業を支える人材を、企業の枠を超えて育成すること。また、技術に関しても、企業間の垣根を取り払って共有していくことで、新たな手法や製品が生み出されるのではないかと。このふたつの思いは、少しずつ着実に膨らんでいったのですが、最終的な起業の決意のきっかけとなったのは家族の健康に対する配慮からです。というのも、その頃、妻と母がともに大きな病にかかり、病院を往復しなければならない日々が続いていたのです。しかし、仕事を休むことができず、面会時間に病院にたどり着くことができない日も。そこで、家族の健康には変えられないと退職を決めました。時間に融通がきき、病院への往復を可能にするための退職が、イコール起業という決意につながったのです。

これまであったピンチは? それをどうリカバリーした?

起業後の半年間は、必死の営業活動もむなしく、ほとんど業務を受注することができなかったので、運転資金が底を尽きかけていました。そんな中、前職の取引先だった会社から、業務の依頼を受けました。願ってもないチャンスと受注したのですが、その会社は売掛金を持ち逃げしてしまい、約半年分の売り上げが貸し倒れてしまいました。それで途方にくれていた時に、ある自動車メーカーの方が、私とまったく同業の年配の技術者を紹介してくださり、その方から仕事を受注できることになりました。受注に当たって、正直に貸し倒れの事実を告げ、早急にお金が必要であるために、多額の前払い金を入金していただけないかと相談しました。そんな私を不信がることもなく、願いがかなって窮状を救っていただくことになり、ピンチを乗り切ることができたのです。自動車メーカーの方とは今でも酒を呑みに行く間柄であり、また、私を救ってくれた年配の技術者の方は、現在も相互に仕事を紹介し合う大切なパートナーとなっています。

技術の空洞化を食い止めるために、若手技術者の育成と活用を製造業に働きかけたい

起業前の予想と起業直後の現実は?

起業前の私は、自分の技術力に自信があったため、それほど苦労せずに仕事を受注する事ができると考えていました。しかし起業直後から、その期待はあらゆる面において大いに裏切られます。まず、最大のコネと期待していた過去の人脈を活用した大手企業との契約が、事業規模が小さいため断られてしまったことです。慌てて営業活動を始めましたが、営業に関しては素人なので、まったく仕事を受注する事ができませんでした。また、かなりの自信をもっていた自分の技術力が、自動車業界のみで通用する面が大きいということも知りました。世の中にはたくさんの“ものづくり”があり、それぞれの世界で深く掘り下げる技術が異なります。今までの自分がいかに「井の中の蛙」であったかを思い知らされました。一方、自分のまったく知らなかった技術に出合えたことが、私の知識探究心を大いに刺激。こんな技術もある、あんな技術もある、と、自分の知らなかった技術に出合うたびに喜びを感じていましたね。売り上げにはまったく貢献しませんでしたが(笑)。

軌道に乗せるための創意工夫や改善は?

「普通に営業活動していては、絶対に仕事を受注する事ができない」、それが私の結論でした。そこで営業活動の矛先を、すでに技術支援で業界参入している企業に変更しました。「より高い技術力をクライアントに提供しませんか?」というかたちで売り込んだのです。また、サービス領域を、それまでの漠然とした「製造業向けの技術支援」から、「自動車業界のCAE解析」と自分の最も得意とする分野に集中。これにより、私の過去の実績を知る方々から、仕事を発注していただけるようになりました。

現在の経営状況を自己評価すると?

0点です。これは決して低い評価をしているのではなく、起業4年目になって、ようやく起業に対する知識や心構えが自分で満足できるレベルに達したと実感。やっとスタート地点に立つことができたと考えての点数です。今まで、「製造業が直面している技術の空洞化を食い止めたい」という起業の動機のひとつには、ほとんど手が付けられていません。製造業に大不況の波が押し寄せる今、現時点をスタート地点として、技術者育成にも本腰を入れていきたいですね。引退していく団塊世代から引き継げるものを若手技術者へつなげ、さらに、新たな技術を生み出していける若手技術者の育成と活用が急務です。具体的には、技術者育成を目的とした新旧の技術者が出会うための交流会を開催。そして、製造業に彼らの活用を意欲的に働きかけていきたいです。それによって、技術の空洞化を食い止めるためることも私の役割だと考えています。

高田さんのプライベート&ストレス解消法

天体観測で寛容な気分に! 星空の撮影にもはまっています

今年は、ルーリン彗星の最接近や若田さんの宇宙滞在もあり、天体に興味を持つ方が多いでしょう。私は、ちょっとタイミングが早く、昨年からはるかなる宇宙に興味を持ち、本格的な天体望遠鏡を購入。現在、天体観測にはまっています。夜間、仕事の休憩を兼ねて望遠鏡で星空を眺めると、人間の喜怒哀楽などもささいなことのように思え、寛容な気分になります。また、人間の存在が、ささやかだからこそ愛おしくも思え、ちょっと良い気分に浸れます。また、天体観測にはまっていく中で、その星空を写真に撮りたいと思い立ち、カメラにも興味が飛び火。写真は光の芸術。これも私の心を思いがけずくすぐってくれて、いまだ本格的な天体写真には及ばぬものの、様々な被写体を撮影して楽しんでいます。


【文】NICe編集委員 田村康子