Vol.5 田向常城さん

青森県発 サメを活用した水産加工品と 健康食品の製造会社

有限会社田向商店 田向常城 さん
青森県青森市

東北以北でしか獲れないアブラツノザメの、あらゆる部位を加工食品・健康食品に

事業内容は?

青森県近海で水揚げされるアブラツノザメと、そのほかのサメも含め、様々なサメ加工食品を開発・生産しています。肉やヒレだけでなく、これまで廃棄していた軟骨や皮、内臓まで製品にします。今現在は、サメ軟骨に集中して研究や開発を続け、より良い製品づくりを目指しているところです。

その事業はどのような顧客・市場を狙っている?

品質の確かな純粋国産のサメ軟骨だけを使用するため大量生産はできませんが、この価値をご理解していただけるお客さまへの直接販売、業務用販売を考えております。量販ルートへの卸売りは考えていません。

同業者や競合との差別化ポイントは?

大手企業が扱うサメ軟骨の原料は海外からの輸入品が多く、あらゆる品質のものが集まりますので化学的処理を施す必要があるんです。一方、当社は自ら取り扱っている年間400tほどの近海サメから直接製品をつくりますので、鮮度の良い原料が使え、履歴も明らか。なので化学的手法をとる必要はありません。当社製品の成分を調べると、精製抽出しなくてもコンドロイチン硫酸は約30%、コラーゲンは35%ほどと、海外産に比べてかなり品質的に優れていることがわかりました。健康食品ですので効果効能をうたって販売することはできませんが、実際に摂取している妻や知人によると、特に肩こりや関節の痛み、軟骨剥離といった症状の改善があるようです。

存続が危ぶまれている漁業や水産加工業。付加価値を付けた商品の開発で勝負!

起業のきっかけや動機は?

私をこの事業に駆り立てたのは「危機感」と「夢」です。というのも、水産物の流通はこの10年でずいぶん様変わりし、サメにかぎらず水産市場は海外輸入品の取り扱い量が増え、国産水産物の消費は衰える一方です。また、鮮魚専門店が激減し、代わりに量販店が大幅に増加。量販店は安定供給、低価格のものを扱いたがり、かつ、水産物に関する知識に長けているとは決していえません。工夫ができないぶん、結果として生産者にしわ寄せがくるような、無理な手法で利益を出そうとしているように私の目には映ります。もちろん、サメも相当安くしないと量販店は扱ってくれません。そうなると、加工業者のわれわれが利益を出せる構造に変えていく必要があります。そうしないとさらに厳しい状況にある漁師はサメを獲らなくなります。商売は原料確保が大事ですから、いずれ私たち加工業者もいずれ苦しくなると考えました。付加価値をつけた商品を研究開発して製造することにより、生産者から消費者まで一貫して喜んでいただける仕組みをつくってみたい。そうやって考え抜いた結果、この事業に着手したというわけです。量販店のようないいどこ取りの商売は、生産者・加工・流通にとって継続可能が難しく、結果的に消費者のためにならないと私は考えています。消費者もただ安ければいいという考え方を、そろそろ見直す時期にきているのではないでしょうか。

軌道に乗せるための創意工夫や改善は?

新しい挑戦を始めたばかりですから、まだ軌道に乗っているとはいえません。ただ、先日、製品の確かさや信頼度を高めるために、「青森研工業総合研究センター」と共同で、見た目が良くアンモニアを抜いたサメ軟骨製法の製造特許を出願しました。今後も様々な研究や工夫、プロテクト対策を重ねていく必要があると感じています。

これまであったピンチは? それをどうリカバリーした?

ピンチはいろいろとあり過ぎて(笑)。私のいけないところは、それに動揺して、取引先や従業員を不安にさせてしまうこと……。それを戒めて、自分の心を落ち着かせるべく、幼い頃から祖母に聞かされていた仏教の教えを思い出すようにしています。また、ピンチの先に喜びを噛みしめる瞬間があると信じていれば、切り抜けられるエネルギーがわいてきます。たとえば製品ができ上がっていく過程や、協力してくれる方たちとの人脈が広がることもそう。また、当社の製品により、「体の調子が良くなった」という声を聞くことがなにより嬉しくてたまりません。

世に受け入れられる製品と利益を生み出す構造を確立したい

いま、一番課題だと感じる事柄は?

今春、当社のサメ軟骨事業は「21あおもり産業支援センター」の助成金事業に採択されました。しかし、その助成金は研究開発に使うものであって、製造や販売のために使用してはいけないのです。研究開発と製造・販売、このふたつがうまくかみ合わないことによるジレンマがあることも確かです。とはいえ、この事業は助成金なしにはできないこと。それを有効に使って、製品の生理機能研究をしつくし、良い製品をつくり上げるための努力と勉強を重ねることの必要性を日々実感しています。結果としてそれが、最大のPRになると信じています。

事業を継続発展させることよって実現したい夢は?

現代人の食生活に合う、今風にアレンジしたサメ肉の利用研究開発です。また、自分も含め、従業員の生活向上も。危機的状況にある漁師や水産加工業者の事業が、今後も継続可能となるような土壌をつくることも私の大きな夢です。そのうえで、消費者に喜んでいただける製品を創出し、供給し続けること。国内産サメの有効活用法を考え抜くこと。それが私に与えられた使命だと考えています。

田向さんのプライベート&ストレス解消法

落ち込んだら仏教の教えに頼る

子どもと遊んだり、好きな本を読んだり、ボーッと散歩したり、仕事以外の時間も大切にしています。ただ最近は急な出張やハプニングが多くて、それもままならない(笑)。そうするとまた、自分はなんてダメなのかと落ち込んでいきます。そんな時も、寝る前には仏教の本を読み、その教えについて勉強を重ねることで、気持ちを落ち着かせるように心がけています。その教えは、たとえば「柔和忍辱」「布施」「精進」「禅定」「知恵」など、日本人になじみやすい言葉で表わされています。さらにかみ砕くと、「布施」は社会貢献、「精進」はなまけないこと、「禅定」は心を落ち着かせて集中するという意味です。私のやっていることと正反対ですから簡単にできるわけはないですが、自身の目標として心に留め置いています。


【文】NICe編集委員 田村康子