Vol.51 黒木侯次さん

兵庫県発 子どもにも大人にも夢を提供する 遊園施設専門の乗り物メーカー

黒木テック工業株式会社 黒木侯次 さん
兵庫県伊丹市

創業50年の信頼と実績で、多様化&縮小化するアミューズメント業界に風穴を

事業内容は?

ジェットコースター、観覧車、バイキング・モノレールなど、遊園施設の乗り物や特殊車両を企画・設計・製作する製造業です。そのほか、消防自動車のボディやロープウェーのゴンドラ、移動式店舗、様々なディスプレーなども手掛けてきました。顧客からのオーダーと、自社で開発する自社企画があります。たとえば2002年に1号機を製作した「ウォーターショット」。これは水鉄砲を搭載した車に子どもたちが乗り、ターゲットめがけて水鉄砲を発射させるものです。的に的中すると、動物たちがかわいいリアクションをする。水の音が子どもたちの心を掴み、静かなブームになっていて、子どもたちに喜ばれています。

その事業はどのように市場ニーズを満たすのか? あるいは顧客の課題を解決するのか?

直接の顧客は、遊園施設メーカーです。間接的には、遊園地、テーマパーク、ショッピングセンターのオーナーや運営者が顧客となり、さらには、そこに遊びに来てくれる子どもたちや若者もエンドユーザーという意味で顧客となります。ですので、それぞれのニーズを取り入れて、設計・製作しています。ニーズは、ズバリ、「夢をカタチにすること」。これに尽きます。完成品を工場から出荷する時は、まさに手塩にかけて育てた娘を嫁にやる気持ち(笑)。「頑張って、お客さまに喜ばれて来いよー」と送り出します。近場なら、反響を見に行ったり、息子と一緒に乗ってみたりしますし、遠い場所なら得意先の担当営業から必ず評判を聞き出しています。

同業者や競合との差別化ポイントは?

当社は創業して半世紀。何よりも安全・安心な乗り物づくりを心がけてきました。長年に渡って築いてきた信頼がひとつの差別化になっています。また、競合他社は関西地区に多いのですが、それらは電車や特装車などの車両メーカーやFRP(繊維強化プラスチック)の専門会社です。つまり、遊園地の乗り物専門の製造会社は、おそらく日本で唯一うちだけじゃないかと。その点が大きな差別化になっていると思えます。得意先は関西がほとんどですが、地域問わず展開しています。東京のお台場のゴンドラも、1999年に当社で製作したものなんですよ。

父親に憧れ、共に働くことを夢見て、幼い頃から“ものづくりの道”一直線

継承のきっかけや動機は?

創業者は父で、私は長男です。小学生の頃から「将来は、お父ちゃんと一緒に工場で働くんだ」という夢を持っていました。進路に関してもまったく迷いはなく目的がはっきりしていましたから工業高校へ。機械科の専門教科は大好きで、成績も良かったです。その後、工業大学へ進学し、卒業後は、絶叫マシンブームが始まり、そのまま家業に就職。会社の寮に住込み、製造現場で経験を積みました。以後、設計を担当し、CAD導入によるファイリング推進など設計業務の促進にも貢献。1987年に結婚と同時に常務取締役に就任。2008年7月、父親が体調を崩したことで、急遽「おまえ、やれ」と。創業者スピリットを受け継いで経営をバトンタッチしました。

継承前の予想と、継承直後の現実

「死ぬまで親父は現役社長を続けるだろう」と思っていたので、突然の継承で心の準備に時間がかかりました。設計は今も私が担当していますので、業務的には税理士や銀行関係との関わりが増えただけですが、社長の意思決定の多さと、ハンコを押して責任を背負うことがこんなに大変なものだとは思っていませんでした。できるだけ会社にいる時間を長くして、会社のことを考えようと、朝6時前には出社。ノート1冊を月ごとのオリジナル手帳にし、To Doリストを書き込み、優先順位をつけて日々行動するよう努めています。継承前も製造業務の段取りも私がやっていましたので、皆の対応や心理的変化は特になかったです。

これまであった最大のピンチは? また、それをどうリカバリーした?

昨今、遊園地の閉鎖や倒産が増え、遊園地も最盛期の半分の数になりました。継承したのは2008年7月。11月にはリーマンショック。しかし、仕事がないことを景気のせいにはしたくありません。一時期は、既存事業がダメなら新規事業を探そうと躍起になった時もありました。ですが、松下幸之助の「本業に徹せよ! 自ら退路を断て!」という言葉がビビビッ!と来まして、親父が半世紀続けてきた遊園地の乗り物製作を、何が何でも続けて行こうと決意しました。そして、9人いた従業員のうち、私の価値観と違う3人に辞めてもらいました。人を切るなんて鬼と同じだと思っていましたが、辞めるほうと同じくらい辞めさせるほうも辛い。ひとりは泣き、ひとりは怒り、ひとりは理解してくれましたが、会社の将来のことを考えると、そうせざるを得なかった。そして、今はしっかり私の価値観を理解してくれている旧スタッフと若い塗装工と設計士を採用し、8名で頑張っているところです。

愛を込めた乗り物づくりで、子どもたちに夢を与え、希望ある社会に

いま、一番課題だと感じる事柄は?

事量の平準化と利益率のアップです。レジャーの多様化と遊園地離れは著しいですが、それは遊園地そのものに魅力がなくなったことも要因だと思います。遊園地ではないですが、北海道の旭山動物園は、職員たちの様々なアイディアをかたちにすることで、幅広い年代のお客さまが来られるようになりました。同じように遊園地も、魅力のある面白い乗り物やイベントがあれば、きっとお客さまは帰ってくるはずだと思うのです。課題克服のためにはさらにターゲットを絞っていく必要があると考え、現在プランニングしている自社製品もあります。まずは、それを軌道に乗せたい。もうひとつは、高齢の母が担当している経理業務も引き継ごうとしているのですが、技術畑の私には経理は難しく、悩んでいます。

さらに伸ばしたいと思う強みは?

長年培った技術と経験、信頼をバネに、自分らで考えて作れるメーカーの利点を生かし、子どもの目線で見る世界観を大切にしたアイディアを次々に図面や製品にしようと頑張っています。設計は私や叔父の専務が担当しています。図面に書いたものがカタチになる醍醐味は格別です。遊園地以外のテーマパークにも、きっとうちの乗り物の需要があると信じているので、新たな市場を開拓していくつもりです。また、自社製品「ウォーターショット」のバリエーションを増やし、電子ゲームで疲れた現代の子どもたちの心をゲットしたいと考えています。

事業を継続発展させることよって実現したい夢は?

経営上の目標は、本業に専念し、事業をできるだけ長く続けること。そのために、遊園地にとらわれることなく、枠を拡大することです。規模としては身の丈にあった小さな会社のままでいいのですが、スタッフそれぞれが、自己実現でき幸せになってもらいたい。今は、いろんな面で苦労をしてもらっていますので。また、会社として地域活動にも参加して、子どもたちに夢を与えることができればと考えています。今の子どもたちには、夢がありません。目標となる大人がいません。夢や目標となる大人がいれば、自殺や人殺しをしなくてもいい社会に必ずなります。遊園地の乗り物づくりをとおして「子どもたちに夢を与える仕事をしてるんやなあ」と思える、そう言われる会社にしたいと思っています。

黒木さんのプライベート&ストレス解消法

就業前後や昼休みに、多肉植物とバイクとウクレレ

小学校3年の時にマイブームになり、社会人になってから再燃したサボテンと多肉植物。多肉植物の三時草は、毎年株分けして増やし、現在は会社でミニプランター100個分くらいに増えました。それとバイク。会社にはモンキーを2台置いてあり、朝や昼休みにメンテしたり、プチツーリングしたり。ウクレレは、従業員が帰った後、事務所や工場で弾き語りを楽しんでいます。次男が吹奏楽部に入ったきっかけで「私も何か楽器がしたい」と始めました。今では年に2回ほど仲間の集いの中でミニミニライブをさせてもらっています。あまり何曲も続けると「もう、ええ!」とヤジが飛んできますが(笑)。その他にもたくさんの趣味があり、休日に小学校2年生の3男坊と遊ぶことで、リフレッシュしています。


【文】NICe編集委員 岡部恵