Vol.63 内田ふみ子さん

神奈川県発 万人に向けた金融消費者教育の企画 教材開発および出版編集事業

有限会社ファイナンシャル教育社 内田ふみ子 さん
神奈川県横浜市

「お金」に関する子ども向け企画から、専門家育成まで幅広く

事業内容は?

金融消費者教育をテーマにした教育事業と出版編集事業です。私は、会社設立前からコミュニティ事業として、「こども商店街」の企画運営や、「こどものまち」の実行委員など地域での体験型イベントにもかかわってきました。現在は、多重債務相談員や自治体職員に向けた研修などの企画運営を主に行っています。対象者は、多重債務問題に携わる消費生活アドバイザー、福祉職、法律家、公的機関・金融機関職員で、将来的には、専門職養成を目指し、教材も制作していく予定です。また、多重債務の予防教育のために学校の教員向けも視野に入れており、当然、そこから教材や教育書など出版物の発行も派生します。

その事業はどのように市場ニーズを満たすのか?あるいは顧客の課題を解決するのか?

2006年の改正貸金業法成立以降、各自治体は多重債務問題に取り組まざるを得なくなりました。しかしこの問題は、金銭管理のスキルの問題だけでなく、心の病や家族間トラブル、失業や貧困といった多様な背景があります。自殺や犯罪に直結する場合もあり、一度債務整理をしても再び多重債務に陥る人も少なくありません。この解決のためには、幅広い関連分野の知識や専門スキルを持つ人材の配置が必要であることが認識され始めています。先進的な取り組みをしている自治体からのオーダーが徐々に増えてきました。

同業者や競合との差別化ポイントは?

法改正以降、国の施策「多重債務問題改善プログラム」や、高校家庭科の学習指導要領の改訂で、ようやく相談窓口の充実と金銭管理教育の必要性が方向付けられたところです。これまでは誰もビジネスになるとは思っていなかったようで、周りからもなかなか理解されていないマイナーな分野でしたから、競合はほとんどいませんでした。今後、国の政策で予算が投入され、需要が顕在化してくると、競争が出てくるかもしれません。当社の研修は、第一線の専門家らによるネットワークを生かし、相談現場のニーズを理解したうえでプログラムを企画しているので、高い評価をいただいています。また、研修事業を始める以前に、多重債務者の相談を行っているNPOやボランティア団体を訪問したり、「全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会」の集会に参加したり、実際に足を運んで自分の目と耳で現場を体験してきたことが生かされていると感じています。

出産を機に転職し、ファイナンシャルプランナー技能士1級を取得後に独立

起業のきっかけや動機は?

教育系の出版社を会社都合で退職した時、第2子を妊娠中でした。出産3か月後に求職活動を始めましたが、正社員としての就職先がなく、社会保険に加入できる生命保険の営業職に。中小企業の経営者や税理士と接する機会が多く、仕事に役立てようと、1996年当時まだ一般には知られていなかったFP(ファイナンシャルプランナー)の資格を取得しました。必要に迫られて学んだ金融経済ですが、「学校で学ばせるべき」と考え、もう一度、編集者に戻り、金融消費者教育の教材や教育書をつくりたいと思うようになりました。1998年に保険会社を退職し、FPの上級資格を取得してから個人事業で起業。そのうち執筆参加したビジネス資格教材の出版社に編集経験を買われ、「編集依頼するので法人にしてほしい」との話があり、思い切って法人化。法人化して、やっと好きなことを仕事にできるポジションにたどり着いたと実感しています。

独立前の予想と、直後の現実とのギャップは? 

起業した当時は、FPが世の中に認知されていなくて、「保険や株を勧めるあやしい人」と勘違いされることが多かったですね。地域活動でも「金融知識を学びましょう」という文言が入ったチラシを公共施設に置くのを断られたり……。そのため、市民活動の場にできるだけ多く出向き、展示発表などで中身を見てもらうようにしました。その結果、子どもへの金融消費者教育が必要だと共感してくれた人がPTAの講演に講師として呼んでくださったり、女性センターから女性向けのライフプランや再就職講座の依頼をいただくようになりました。また当初考えていた教材や教育書も、学習指導要領にない金融消費者教育は教材をつくったところで学校では使ってもらえるはずもありません。でも学校外ならできる。それも、地域の中で子どもや女性向けの講座を始めた要因のひとつです。

独立後、これまであった最大のピンチは? 

大きな出来事が2つありました。ひとつは、法人化した直後、仕事をくれると言っていた出版社側でもめ事があり、こちらにも横槍が入ったため、かかわらないほうが良いと判断して仕事を断りました。収入の当てを失ったのは痛手でした。もうひとつは、法人化して1年後。貸金業法が予想外の内容と速さで改正され、その動きに合わせて専門家と急遽2つの団体を設立し、両方の事務局を引き受けることに。専門家ばかりのため、組織や事業運営のできる人がおらず、事務局として一手に運営を引き受けることに……。それが1年も続き、精神的に追い込まれました。現在は、事務所を手放したことで財政面を身軽にでき、無償で引き受けていた研修事業の評判が良く、2年目以降は仕事として実施できる見通しがつきました。

教育書の編集経験を生かし、金融消費者教育でセーフティネット構築を目指す

いま、一番課題だと感じる事柄は?

人材養成の必要を感じているものの暗中模索の状況です。法人化した時は、もうFPとして講師や執筆はせず、編集者・コーディネーターとして裏方に徹するつもりでした。ところが、運営と講師を兼務する状況がいまだに続いています。海外では専門職として、多重債務に陥った人のカウンセリングや金銭管理教育を行う仕事が確立している国もあるので、当社も、第一線の相談現場や専門家と人材養成を行いながら、消費者信用のセーフティネットとしての相談窓口と教育の充実、その普及を図っていく計画です。また、学校では、高校家庭科の学習指導要領が改訂され、金銭管理や生活設計の指導方法について知りたいというニーズが高まっています。すでに教員向けの研修を始めているので、さらに注力していきたいと考えています。

さらに伸ばしたいと思う、会社の強み、自身の強みは?

現在ある学校向け金融教育関連の教材は、業界団体などがお金をかけてつくった立派なもので、それを学校に無償配布しています。ですが、実際に授業で使われているものはごく一部。その理由は、学校現場の実情に合っていないためなんです。また学校の先生方も、金融や生活設計を授業で扱いたくても使える教材がなく、何をどのように教えたらいいか戸惑っています。私は、教科書教材の出版社という学校に近いところで仕事をしてきた経験があり、その後、FPという金融サービスの仕事に就いていますので、両方の状況がよくわかるんです。近い将来、授業で本当に使える教材や教育書がつくれると自負しています。

事業を継続発展させることによって実現したい夢は?

会社の目標としては、現在の研修講座の企画運営事業を、教材・コンテンツの制作・配信へ発展させること。単行本やテキストを1年間で10点は発行していきたいですね。夢は、日本にも金融消費者のセーフティネットとして、誰もが相談でき、教育を受けられる仕組みをつくっていくこと。そして、私たちの教育事業で教育を受けた人材が、セーフティネットの窓口や教育現場で活躍できるようになってほしい。そのために、専門家との協力関係をさらに維持・強化し、教育関係者や、相談現場の相談員とのネットワークづくりを広げたいと思っています。

内田さんのプライベート&ストレス解消法

1週間20kmのランニングと和服での外出が楽しみ

法人化した時から、健康のためにランニングを始めました。続けるための動機付けとして大会に出場するようになり、ハーフマラソンは4回とも完走しています。週3、4日で1週間20kmが目安ですが、3日も空けると身体がむずがゆくなります(笑)。以来、多少体調が悪くても大崩れしなくなりました。年中日焼けしていますし、今ではちょっとした体力自慢ができるぐらいになりました。それと、最近は和服が楽しくて。ネットと本を頼りに自分で着付けをし、近所を出歩いています。なぜだか、以前より大事に扱っていただけるようになりました(笑)。リフレッシュ法は、本屋さんの未知のジャンルのコーナーを歩いたり、月1回ほどの美術館散策。最近では、サルガドという写真家の、アフリカを撮った写真展が印象に残っています。


【文】NICe編集委員 岡部恵