Vol.8 戸塚剛さん

静岡県発 蘭マニアを満足させるべく、 自ら品種改良・交配を行う園芸会社

戸塚園芸 戸塚剛 さん
静岡県掛川市

ハイアマチュア・マニア向けの、珍種・新種の蘭を世に送り出す

事業内容は?

洋蘭を専門に扱う花卉栽培農家です。以前は国内外の苗供給業者から蘭の種苗を購入して、花を咲かせた後に市場出荷するというスタイルをとっていました。その後、バブル崩壊による市場価格の下落・低迷の時期に、自ら品種改良や交配をした蘭をハイアマチュア・マニア向けに直販するスタイルに転向。現在は、全国各地で開催される蘭の品評会やコンテストの審査員も務めています。

その事業はどのような顧客・市場を狙っている?

ものすごくニッチな、ハイアマチュア・マニア向けに特化した、オリジナル商品を中心に勝負しています。商品自体を自分で品種改良・交配をし、蘭マニアが望んでいるものを探りながら提供。漠然としたイメージを、生き物である花として表現していくわけですから、それはとても難しいですよ。でも、その実現こそがこの仕事の醍醐味でもあります。新しい交配プランを立てる前に、顧客や友人、それに趣味の会などで情報交換を繰り返しますが、その時間が本当に楽しくてたまらないですね。

同業者や競合との差別化ポイントは?

オンリーワンの品種がたくさんあるので、欲しい人は、クチコミやインターネットなどでとことん探して買いにきてくれます。交配のキーになる重要な親木は基本的には門外不出。また、様々な講演の依頼もあるので積極的に引き受けるようにしています。というのも、交配のことや花の色素の生化学的な解析など、誰もが試みなかった新しい話題を提供したいからです。これがいいPRになるんですよ。また、蘭マニアは自分の花がどう評価されるのか気になるもの。品評会の審査員として、公正かつ明確に良し悪しを説明してあげることも重要なサービスの一つだと考えています。

起業時の慢心でピンチを招く。救ってくれたのは、業界の先輩やお客さん

起業のきっかけや動機は?

中学生の頃から植物に興味を持って、近くの園芸店に通いつめていました。そこがたまたま蘭の専門店だったことから、自分でも蘭を育てるようになったんです。その後、大学生の時にデパートで開催された蘭展の売り子のバイトを頼まれ、出店していた蘭園の社長があまりにも楽しそうだったので、自分も蘭のプロになろうと(笑)。卒業して蘭の販売を始めた時はバブル真っ盛りで、黙っていても注文がくるような状態でした。

起業前の予想と起業直後の現実は?

起業当初、仕入れた蘭が予想以上に売れていったので驚きました。こんなにすぐに儲かってウハウハでいいのかなとさえ思いましたからね。ところが、そんな時期はバブル崩壊によりあっという間に終了。その時は、就職しなかったことを死ぬほど後悔しましたよ。月々の仕入れの支払いに、個人の財布の中身をかき集めてしのいだこともたびたびありました。本業だけでは食べられなくなり、家庭教師の斡旋会社の正社員として就職。さらに勤務時間後は家庭教師という生活を3年間継続。それでも蘭にかかわる仕事をやめようとは思いませんでした。

軌道に乗せるための創意工夫や改善は?

大量生産・大量販売用の苗を仕入れるのをやめて、自分が好きなもの、惚れ込んで好きになれる品種をつくりたいと思うようになり、程なく自分で育種を始めました。それからは品種改良や交配にのめり込み、この世界で第一人者になりたいと考えるようになりました。

これまであったピンチは? それをどうリカバリーした?

バブルの崩壊後、蘭がまるで売れなくなった時は、「こんな時に人は自殺を考えるのかも知れんなぁ」と思ったこともありました。でも根が楽天的なので、「まあ命までは取られへんし、倒産しても元々ゼロからの出発。元に戻るだけや」と。また、ピンチになると必ず手を差し伸べてくれる人が現れるんですよね。ひょんなきっかけで知り合ったマニアの方が、自分の仲間を何人も紹介してくださったり、さらに、そのお客さんが新たなお客さんを紹介してくれるなど、結局は周りのみなさんに助けてもらったんですよね。本当に感謝しています。

日本のみならず、世界中の人から目標とされるような蘭のブリーダーに

現在の経営状況を評価すると?

自分ではまだまだゆるい経営をしているなと感じています。でも、自分自身が蘭好きで、その蘭をお客さんにお勧めする立場にあって、あまりギスギスしているのはイヤなんです。毎日、「忙しい忙しい」と必死で働いてタップリの税金を払うより、今日の今日は無理でも、明日遊びに行こうと誘われたら行けるくらいの余裕があるような、そんな自由度も自営のいいところだと感じています。ですから、自己評価が100点などということは到底無理で、現状は79点といったところでしょうか。刻むでしょう(笑)。この業界、楽しそうに仕事をしていることも、お客さんからの信頼度を高めるのに大切なことなんですよね。

いま、一番課題だと感じる事柄は?

業界自体が衰退しつつあることです。現状のお客さんを大切にしていくことは当然です。でも、新たな顧客の開拓、もっと新しいものを求めてやまないお客さんのために、珍しい蘭の開発や、新しい品種の交配を生み出すことを、業界全体が怠ってきたツケが回ってきていることも確かです。

今後、実現したい経営上の目標は?

みんながさらにアッと驚くような新花をつくり出したいですね。蘭の新しいジャンルを僕の手でつくり出してみたいんです。一般にブリーダーがとる基本的な手法に加えて、生化学的な解析に基づくブリーディングもできることが一番の強みであると思っています。世界の人からマネをされる、目標とされるブリーダーになりたいです。今はまだ構想段階なのですが、日本の食糧事情や農業事情など深刻な社会問題を打開するために、その一端を担えるような農業参入も計画し始めたところです。

戸塚さんのプライベート&ストレス解消法

お客さんと蘭のことを語り合うだけでストレス解消

趣味の延長が仕事なので、仕事からストレスを感じることはほとんどありません。気の合わない人と無理に酒を飲んだりする必要もないですしね。また、信頼してついてきてくれるお客さんは、やがて親友になっていくという世界なので、電話で蘭のことを語り合うだけでもすごく楽しいです。商談しているというより、ウダウダしゃべっている場合がほとんど。それがやがて商売の話になったり、自分の知らない世界を教えてもらったり。ですから仕事そのものがストレス解消になっているのかな。あえて考えたことはないですが、そう考えると今の私はとても幸せですね。


【文】NICe編集委員 田村康子