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おとぼけ起業家列伝/化粧台まではっていった女


根性とは「その人の根本的な性質」といった程度の意味でしかないのだが、一般的には少し違ったニュアンスで使われることが多い。たとえば広告代理店を経営するアオイちゃん(30代のわりと後半・女性)は、この言葉を「営業に携わる者の最大の武器」と私に説明していた。確かにそういう感じで使われる言葉だ。

意地の悪い私は、根性の本質は置いておき、「じゃあさ、開発や企画に携わる人に根性はいらないわけ?」と突っ込んでみる。普通の人ならここで「ウッ」と詰まるのだが、アオイちゃんは堂々としたものだ。「そんな仕事に根性はいらないでしょ」と。「世の中にはアタマでやる仕事と、カラダでやる仕事と、根性でやる仕事があるのよ」とまでおっしゃる。

暴論だと思う気持ちと妙な納得感が半々のせいでしばし黙っていると、“根本的に思い込みの強い性質”の彼女は、私の沈黙の意味を取り違えてこんなことを言いだした。

「あっ、正確じゃなかったかもね。ごめん。もう一度言うと、営業に必要な武器は、根性と色気。この2つなのよ。ふふふ」。取り付く島もない。彼女は営業以外の仕事にまるで興味がないのだろうな。

ちなみにアオイちゃんが言う色気とは単に見た目のことである。「銀座のおねえさん風がベスト」なんだそうだ。内面とか立ち居振る舞いとかは関係ないらしい。それっぽい服装と化粧をして、根性を出せば営業は成就すると言い張る。会社勤めをしていた頃から彼女の成績が抜群なのは事実だが……。

それにしても、本気で彼女は「見た目と根性」だけでいいと思っているのかと、一時期は半信半疑だった私も、次に紹介するエピソードを聞かされてからは、その持論を信じないわけにいかなくなった。

深夜までお得意さんを接待した彼女。タクシーで自宅に帰り着いたのは午前4時だった。だが3時間後の7時には家を出発しないと翌朝のアポに間に合わない。連日そういう状態が続いていた彼女は、「今日は横になったら起きられない」と判断し、部屋に上がらず、靴を履いたまま玄関で正座をしたそうだ。そうすれば眠らずに済むと。1時間、2時間……(驚異的な精神力)。そして出発30分前。さあ化粧を直すぞと、部屋に上がろうとしたのだが、これができない。一歩も動けないのだ。足が完璧にしびれていたのである。

この話を聞いた直後は、腹筋が引きちぎれるほど大笑いしたものだ。根性で何でも乗り切れるわけではないことを、これで彼女も悟ったと思い、ほほ笑ましい気持ちにもなった。

だが、そうじゃなかった。続きがある。動けない彼女は、腕の力だけで自室まではっていき、腕立て伏せの要領で化粧台に到達し、銀座風のメイクを施しつつ携帯でタクシーを自宅まで呼び、またズルズルはって玄関を出て、それでお客さんのところに約束どおりの時刻に到着したというのだ。

ここまでくるともはや人間業ではない。驚いた私は「なぜ、そこまでするの?」と、マジに質問した。彼女はサラッとこう答えた。「オジさんたちはアタシが来るのを楽しみにしているのよ」と。

そのための根性であり、そのための服装や化粧なのか……。

そういえば、アオイちゃんには「何が何でも売ってやる」といった気負いがまるでない。教科書のような話だが、彼女は本気でお客さんを大切にしている。その気持ちこそが、実は営業の最大の武器だと思うのだが、彼女にとってそんなことは当たり前すぎるのだろう。言い換えれば、そのホスピタリティがアオイちゃんの「根本的な性質」なのだ。確かに彼女は営業職に向いている。


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