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代表から

増田通信より「ふ~ん なるほどねえ」163 大丈夫!


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<最近の正月> 大丈夫!
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~(1)~

目が覚めた。
時計を捜し当て、針の位置を確かめた。イヤな予感は的中していた。
午前2時を少し過ぎたくらい。

元旦から何日目かの晩、珍しく自宅で深酒をして、
普段なら目が爛々としているような時間に寝入ってしまったのだ。
恐らく3時間以上、眠っていたのだろう。気分はもはやスッキリしている。
こうなると、すぐに寝直すことは不可能だ。

悔いた。
深夜に寝つかれずに時間を重ねると、頭の中はろくなことにならないからだ。
案の定、やり残した仕事のこと、健康のこと、暮らしのこと、将来のこと……。
それらの不安が、鼠色の雲のようになって胸中に折り重なっていく。

諦めた。
翌朝、起きられなくても構わない。無理に眠ろうとするのは無駄な抵抗だ。
仕方なく、読みかけの小説を開いた。

沖縄の基地問題と反戦運動を題材にした作品だ。
面白いし、小説に集中すれば不安を頭から追い払えるという計算もあって、
食い入るように文章を追い続けた。

これが逆効果だった。

小説の威力とは、読者の日常には存在しないが、
心のどこかや頭のどこかに潜んでいる意識を刺激し、呼び覚まし、
読者の思いを深いところへ導いたり、広い場所へ誘ったりすることにある。


~(2)~

沖縄の問題……。

40年ほど前の、とある4月28日。都心。
沖縄返還協定のありように反対する集会に参加していた私は、
人生で初めて、デモ隊の最前列を担うことになった。

その数年前から私は全学連の活動家であり、
何度となく激しいデモを経験し、機動隊との攻防もすでに慣れっこではあった。
だが、デモの一番前というのは、やはり重みが違う。危険度がまるで違う。

予想通り、私は満身創痍になった。
最前列は、デモ隊を押し戻そうとする機動隊の隊員と常に一触即発の状態だ。
そして実際、その日も何かのきっかけで、両者がぶつかった。

私の右足の親指は、隊員が振り下ろしたジュラルミンの盾によって砕かれた。
なぜか痛みを感じず、そのことに驚いて、気を許したのが失敗だった。
気付いた時には機動隊の鉛入りグローブが私の目の前に迫っていた。グシャ……。

「しっかりしろ!」と、声をかけられたような気がする。
私はパンチを浴びた直後に失神したらしく、歩道に寝かされていた。

激しい痛み。
収まらない怒り。
でもそれ以上に、止めもなく湧き出るのは、恥ずかしさだった。
自ら志願して最前列に立ったのに、気を失って隊列から放り出されたのだ。
勇猛果敢と不撓不屈をもって是とする活動家にとっては、あるまじき事態。

ただ同時に、心の奥底で、ある種の喜びが広がり始めたことを覚えている。


~(3)~

4月28日というのは、
1952年のその日にサンフランシスコ講和条約が発効した日である。
その日を境に、日本は連合国軍の占領から独立を果たすのだが、
一方、沖縄と奄美はそこから米国施政権下に組み込まれることになる。
以降、沖縄の本土復帰闘争にとって「4.28」は重要な意味を持つ日なった。

当時の私は沖縄の事情を詳しく知っていたわけではない。
戦争で酷い目に遭い、なおも日米安保条約に基づく地位協定によって、
米軍の駐留と、その軍人たちのやりたい放題に苦しむ沖縄の人たちの痛みとは、
果たしてどのようなものなのか、手にとるように理解するなど、到底無理だった。

だから、機動隊から暴行を受け、負傷したことで、
頭ではわからないが、体で、国家権力と対峙することの大変さを味わい、
それが、多少なりとも沖縄の人々との連帯になったのではないかと考え、
私は、安堵にも似た喜びを感じたのだと思う。


~(4)~

「完全な自己満足だな」と、我に返った私は、言葉に出して自分をなじった。

小説を読んでいたはずなのに、
いつしか遠い過去の出来事に思いを馳せていたことに気づき、同時に、
そこに登場した、一人で勝手にいい気分になっている若き日の自分を嫌悪した。

いや、学生運動時代の話だけなら、まだ許せる。若者なのだから仕方ない。
ただ私は以前から薄々思っていたのだ。その後の人生も、私はただただ、
その時々の自己満足に突き動かされて生きてきただけではないのかと。

東日本大震災の3.11から3、4年を経た頃だったか、
宮城県在住のNICeユーザーから私宛にメールが届いた。
NICeのSNSユーザーの数はそれなりに多く、
申し訳ないが、私はその人物のことを知らなかった。

メールには、こう書いてあった。
「増田代表は一人で舞い上がっている」と。
だから、SNSのユーザー登録をやめるとのことだった。
言うまでもなく、私の復興支援の姿勢や言動が非難されたのだろう。

ところが、私はまったくショックを受けなかった。
自信があったからではない。
むしろ反対で、「おっしゃるとおりかもしれない」と、
そのユーザーの言い分をすんなり受け入れることが出来てしまったからだ。

その頃の私といえば、宮城県はもちろん、岩手県や福島県を駆け回り、
被災地経済の復興に貢献しようと懸命だった。
その懸命さの根幹にあったのは、確かに自己満足かもしれない。
震災発生から時間が経過するにつれて支援活動が消えていく中、
「それでも私は、手をゆるめない」と、力みかえっていた気がする。

つまり意識の中心にあったのは、「被災地」以上に、「私」ということだ。

やはり、いつもそうなのか。きっと、そうなのだろう。
単なる自己満足。

たぶん、多少は何かの役に立ってきた人生だとは思うが、
では、その人生を振り返って悔いはないのか?
これまでの選択に間違えはないと言い切れるのか?
うーむ……。


~(5)~

ほらね、完全に逆効果でしょ。
目を覚ましたのが2時頃。もう、この段階で朝の6時近く……。

小説のせいもあるが、年始というタイミングも侮れない。
とくに今年は、自分が還暦を迎えるという意識が強く、
何かにつけ、考え込んでしまう傾向があるような気がしている。

思考は隘路を通過して、もはや迷路にはまり込んでいった。
いわゆるひとつの、堂々巡り。
もう、考えるな。
考えないためには、どうすればいいのかと、必死に考える。
だから、それがダメなんだって!

深酒、深夜、ひとり、不安、読書、回想、嫌悪、後悔、暗がり、
底冷え、疲労、不信、混乱、正月ボケ、逡巡、疑念、老い……。

壁や床から幾重にも割れガラスが突き出ている真っ暗な部屋の中から、
何とか逃げ出そうとして、右往左往すればするほど皮膚が切り裂かれる展開。

ああ、だめだ。もう、逃げられない。

いや、待てよ。
逃げようなどとしなければいいんじゃないのか?
安全な場所で静かに助けを待てばいいんだ。

我慢していれば、いつかは眠りに就ける。
そして日が昇り、私は冷静さを取り戻しているはずだ。

今は、自分は大丈夫だと、ただただ信じることだ。

そうだ。寝て、次に目が覚めたら、すぐに「増田通信」を書こう。
この真夜中の顛末について、みんなに知らせよう。

きっと、いろいろな苦悩を抱えて今年の仕事に向かう読者も多いはずだ。
でも、大丈夫って、言ってあげたい。
悩んでいるのは、あなただけじゃない。
自信がないのも、不安だらけなのも、あなただけじゃない。

それでも、人は何とか生きていくものだから、ね。
だから大丈夫。
本当に大丈夫。

2019年、仲間の一人一人が、それぞれの道を元気よく進めますように。
そのために、これまで以上に、支え合うことを大切にしようと、強く思う。


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増田紀彦NICe代表理事が、毎月7日と14日(7と14で714(ナイス)!)
に、NICe正会員・協力会員・賛助会員、寄付者と公式サポーターの皆さん
へ、感謝と連帯を込めてお送りしている【NICe会員限定レター「ふ〜ん
なるほどねえ」スモールマガジン!増田通信】。
第163号(2019/0107発行)より一部抜粋して掲載しました。
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