この夏に感じた5つの壁(ショートショート)

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「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」
第139回 この夏に感じた5つの壁(ショートショート)
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【エピソード(1)推しの壁】
例えばトヨタや日立など大手企業の株を少し買ったところで、
それらの企業の成長を担っていると自負する人は、まずいない。
同様に、自由民主党や立憲民主党などの大手政党に一票を投じたところで、
それらの政党の躍進に貢献しているなどと自負する人も、まずいない。
一方、小さな会社に出資した人や、誕生間もない政党に投票した人は、
その資金やその一票が、「推し」を支えていると信じ、
さらなる飛躍を願って、自らすすんで応援活動に励むことも少なくない。
もっとも、大手企業や大手政党に肩入れする人たちの場合は、
さほど思い入れが強くない分、
相手がまずまずの成果を出してくれれば文句は言わない。
だが、小さな会社や新興政党を「推す」人は、
画期的な成果と、支援に対する相応の感謝を望む傾向があり、
それらが実現されない場合には、
一転、嫌悪や憎悪といった感情を抱いたり、
最悪の場合、敵対行動を取ったりする危険性がある。
「推しの壁」を超えられるかどうか、そこが次への分かれ目だ。
【エピソード(2)習慣の壁】
メジャーリーグの試合中継を見ていて、いつも気になることがある。
選手もスタッフも、あたりかまわずツバを吐く。
試合中にベンチで爪を切っている監督もいる。
両手にアイスキャンディーを持って舐めまくっている選手もいる。
驚いたことに、日本人選手の中にも、
口をすすいだ水を、平気でベンチの床に吐き出す人がいる。
正直、気にはなるが、
地域によって習慣が異なることくらい、私も理解しているから、
つとめて気にしないことにしている。
しかし、同じことを彼らが日本の野球場でやったら我慢できない。
だから、「日本では、そういう行為は慎むものだ」と、教えたい。
しつこく、わかりやすく教えて、理解してもらいたい。
彼らが理解し、実行するまで、何度でも教えたい。
習慣の違いのせいで、有能な彼らを嫌いになるなんて、どう考えても損だ。
【エピソード(3)財政の壁】
市長の学歴詐称疑惑で世間の耳目を集めている静岡県伊東市。
その市長が現職を破って初当選に至った理由のひとつが、
市が進めてきた新図書館建設反対の声の高まりだった。
伊東市は2023年5月に、新図書館建設の入札を実施している。
ところが不調(誰も入札しない事態)に終わる。
市が構想する規模の図書館を建設しようと思えば、
市の想定予算を大きく上回る資材費や人件費を要するため、
建設会社は「やり損」になってしまうからだ。
この問題は伊東市に限った話ではない。今やこの国全体が、
従来基準で公共工事の建設費を算定することが困難になっている。
とはいえ、多くの地方自治体には金がない。
すると「金がないのにハコモノ? 予算上積み?」と批判の声が上がり、
かくして伊東市のように、
公共施設の新規建設を断念する自治体が増えていくことになる。
図書館は、学習と交流を通じた地方人材育成の拠点になるのだが、
そんな「悠長なことは言っていられない」のが、
地方に暮らす人々の心情もしくは実情なのだろうか。
【エピソード(4)定着の壁】
ホテイアオイやボタンウキクサ、オオフサモ……。
水域に広がるこれらの植物たちは、
この季節、河川を埋め尽くすほどの勢いで繁殖する。
なかでも難敵なのが、ナガエツルノゲイトウだ。
この強力な水草は、河川から用水路をつたい、ついには水田を埋め尽くす。
当然、稲の生育は阻害され、米の収穫は困難になる。
「だったら駆除すればいい」。そういう意見もあるだろうが、実際問題、
それなりに日本の気候風土に根付いた生物を絶滅させるなど不可能だし、
仮に絶滅大作戦を展開すれば、別の環境変化を引き起こす可能性もある。
何事に限らず、一時的・限定的な変化であれば、
元に戻る・元に戻すことは可能かもしれないが、
その変化が明らかに定着してしまった場合、逆戻りはあり得ない。
損失を被っている農家などへのフォローは必要だし、
「入れない 捨てない 拡げない」の外来種被害予防3原則も徹底すべきだが、
並行して、変化した環境を前提とした産業のあり方を、
本気で考えていくべき時が訪れているように思う。
【エピソード(5)職種の壁】
花火大会での事故が相次いだ。
直接的な原因は別として、
もともと、花火師の高齢化・人材不足はよく知られた事態で、
そうした実情が、事故の遠因になっているのかもしれない。
クマによる被害の拡大についても、
ハンターの高齢化・人材不足が一因と言われている。
言うまでもなく、農林水産業や建設業、運輸業においても、
高齢化と人材不足が深刻だし、
日本のものづくりを支える町工場の職人たちも、相当に高齢化している。
つまりは熟練した技術が必要で、
なおかつ、生命の危険をともなうような職業に、
若い人たちは、ほとんど就かないということだ。
AI(人工知能)に取って代わられるせいで消えていく仕事があるというが、
むしろ、それよりも深刻なことは、
AIが取って代わることができないせいで、消えていく仕事があることだ。
この事態を放置していいわけがない。
例えば、AI導入でコストカットに成功した企業から一定の賦課金を徴収し、
人間にしかできない仕事に就く人に、それを報酬として分配する。
これくらい大胆な社会制度の変革を断行してもいいのではないだろうか。
AIは、特定の業種や企業に利潤をもたらすものではなく、
社会全体・人類全体の幸福のために利活用されるべきだ。
<一般社団法人起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>
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「つながり力で起業・新規事業!」
メールマガジンVol.238
(2025.8.21配信)より抜粋して転載しました。
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