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おとぼけ起業家列伝/「ド」と「レ」だけで歌いまくる男

横浜ベイスターズが大洋ホエールズと名乗っていた頃からの「ハマっ子」で、今も横浜で営業代行会社の社長を務めるシンキチの趣味は、野球観戦とカラオケだ。平凡な趣味に思えるが、実はこれがとんでもない話なのだ。

「こう見えても若い頃は野球部に入ってたんすよ」とシンキチ。

本人は「野球部に入っていた」という部分を強調したいのだろうが、はたからすると「こう見えても」のほうに納得がいく。見るからにスポーツが苦手そうなタイプだからだ。もちろん野球をやるのが不得意だとしても、試合観戦を楽しむ分には何ら問題ない。いい趣味だ。罪もない。

罪深いのはもうひとつのほうの趣味である。「頼むから、音楽は聴くだけにしてくれ」と知人から懇願されたと本人も述懐していたが、シンキチ自身が「歌」と呼ぶその奇妙な音は、それを耳にした人すべてを沈黙させる一種の兵器である。

ドレミファソラシドの大半を放棄し、せいぜいドとレの間を往復するだけの歌。だからシンキチが、たとえば『赤いスイートピー』を選曲し、実際にそのタイトルがディスプレーに表示されたとしても、周囲の人々は、最後までその曲が松田聖子さんの歌った『赤いスイートピー』だとは気づかないのである。

これはもはや音痴などという範疇で語れるしろものではない。ある種の特技である。この「特技」を、いったい何と呼べばいいのだろう?

一応、辞書で【替え歌】を調べてみたが、案の定「元歌の歌詞を別につくり替えた歌」としか説明していなかった。シンキチは歌詞のほうではなく、メロディーのほうを別につくり替えている。うーむ、何かいいネーミングはないものか。

それはともかく、いつだったか仲間と連れ立って何軒も飲み歩いた末、そのグループの中にシンキチが交じっているにもかかわらず、カラオケ店になだれ込んでしまうというミスを犯したことがあった。誰もが酔っていた。

例によって例のごとく、カラオケ大好きのシンキチが冒頭からマイクを独占し、例の特技を連続3回(3曲?)披露。さらに4回目に入ろうかという時だった。泥酔状態の仲間のひとりが、ソファーから床に転げ落ち、そのまま眠ってしまったのである。酔っぱらいがこうなると、もはや梃子(てこ)でも動かない。

その後の騒動については省略するが、最終的に「酔っぱらいはお断り」と言い張るカプセルホテルの店長を説得し、その人を背負ってベッドまで運んだのは、ほかならぬシンキチだった。運動も歌も不得意。でも、そんなことで人間の価値が決まるわけではないことを、私は実地で見せつけられたのだ。ちなみにその時の私は、奮闘するシンキチに声援を送るという任務に徹した。

私はシンキチがなぜ営業代行業で成功しているのか理解できた。図太さと面倒見の良さが、彼の中で相乗効果を生み出しているのだ。

「アンタの歌のせいで、とうとう人が倒れたぜ!」とツッコミを入れるのも忘れて、私はひたすら感心した。

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