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ペチャクチャナイト+増田紀彦代表理事特別講演レポート


 

2012年1月28日に熊本市で、スタンドアップ主催、財団法人女性労働協会とNICe協力により「ペチャクチャナイト+増田紀彦代表理事特別講演」が開催された。この「ペチャクチャナイト」とは、2003年に東京で建築家らがスタートさせ、今や世界中の約480都市で開催されているプレゼンテーションイベント。熊本はその442番目の開催都市として認定され、アンコール開催が行われている。

今回はその妹分として、プレゼンテーターを女性起業家に限定しての初開催。プレゼンのテーマは自由で、プレゼンテーターひとりの持ち時間は400秒。一般的なプレゼンと違うのは、スタートとともに1スライドが20秒間ごとに自動的に移り進み、20枚のスライド×20秒の計6分40秒で終了!というシンプルながらも厳しいルール。そのため、プレゼンする人もリスナーも、一体となって20秒×20枚に集中する。

このスリリングなイベントに挑戦したのは、果敢な9名の女性起業家たち。熊本県内を中心に福岡県からも総勢45名がこの熱いペチャクチャナイトを体感した。


■オープニング
司会進行を務める、日本教育工学協会・理事の桑崎剛氏のあいさつに続き、主宰者であるスタンドアップ代表の西田ミワ氏が開会のあいさつ。

  
▲司会進行の桑崎剛氏

西田氏は、来場のお礼を述べた後、女性の自立と起業支援に取り組む自身の事業活動に一言触れ、「女性起業家のネットワークを組んで力を合わせ、またこれから起業する人へのエールとして企画した」と、今回の開催目的を語った。またペチャクチャナイトは去年1月に自らも登壇したという。その際に、緊張したが爽快感があり、表現する喜びを実感。それを多くのみなさんにも体感していただきたく、本日開催するに至ったと述べた。


▲スタンドアップ代表・西田ミワ氏(右)


次に、協力団体である財団法人女性労働協会の富尾木綾子氏からあいさつ。

  
▲財団法人女性労働協会・富尾木綾子氏

「プレゼンテーターのみなさんのハードルを下げる意味で、ごあいさつさせていただきます」と、
会場の緊張感を和らげる気遣いを見せながら、所属する財団法人女性労働協会について紹介。財団法人女性労働協会は東京田町にある女性就業支援センターを拠点に、厚生労働省委託事業として女性就業支援活動を全国で展開している。昨春までは旧「女性と仕事の未来館」として、働く女性向けのキャリアコンサルティングや年間400件ほどのセミナーを開催してきた。富尾木氏はこれまで多くの起業を目指す女性たちに接し、その元気さに力を得たのと同時に、集った女性同士が志を共有し、つながり、力にしていることを目の当たりにして来たと述べた。「ですので同じく今日も、素晴らしい会になると期待しています。今は全国各地を回り、働く女性、働きたい女性のための事業を行っていますので、何かご協力できることあればなんなりと」と結び、プレゼンテーターに温かなエールを送った。


■第1部 ペチャクチャナイト



司会の桑崎氏から、プレゼンテーションとは映像を使って人に何かを伝えるアクションであり、その中でも、ペチャクチャナイトは20枚のスライドが、20秒ごとに自動的に展開するのがルールだと説明。そして9名のプレゼンテーターの名をひとりずつ挙げ、来場者全員で拍手。開会直前に“あみだくじ”で決定した発表順に従って、さっそくトップバッターを紹介した。



塚本薫さん
株式会社きらり.コーポレーション 代表取締役 


 

「今朝10時にスライドが完成しました、できたてホヤホヤです」と語り出した塚本さん。
社会人デビューのいきさつ、そして今と未来についての抱負を語った。

最初の転機は、大学生時代にコールセンターでアルバイトをしたこと。2回めの転機は、友人の新規事業をサポートし、そこで「あたまにならないと意味がない」と聞いたこと。

そしてプロポーズされて2週間で結婚し、子どもはふたり。育児時代の3年間をふりかえり、その途中で会社が倒産し、介護も経験したと語り、その3年間は、仕事に早く復帰したいと強く思ったという。

とはいえ、その3年間のブランクは大きく、デジタルデバイドを実感。
テクニカルスキルアップを図ろうと実践し、克服した。
また、ご長男の病気が発覚し、仕事を女性が続けることの難しさも実感。
それらをバックアップしてくれたのは職場だった。
女性が主婦の時に何かしておけたら……。そう思い、勉強し直したのが起業の準備となった。

そして、自分のペースで仕事できる場を目指し、ワークライフバランスのNPOを設立し、自宅で開業。専業主婦を自宅から引き出し、スキルを自覚し、それを磨く、という3段階でサポートしている。

その後、株式会社きらり.コーポレーションも設立した。
人はきらりと輝ける。会社はキラリ輝く人の場でありたい、そんな想いを込めて社名にしたという。
大切なスタッフたちの写真もスライドに映し出した。
きらりと輝く笑顔がいっぱいだ。

先の目標として、学童保育事務のアウトソーシングによる在宅ワーカーをネットワークしたいという夢がある。


「20秒がこんなに早いものかと思いました!」と、最初から最後まで明るくプレゼンした塚本さん。トップバッターの緊張感を微塵も感じさせない勇姿に、会場からは「すごおおおい!」の声と拍手喝采。



野村順子さん
NPO法人 くらしコンシェルジェ 代表


 

「私は自分探しの40代、今まで伝えられなかったことを話します」と生い立ちから紹介。
このプレゼンをするにあたり、実家に戻り、幼少からのことをじっくり振り返ったと語った。

そして大学卒業後、銀行に入行し、“お世話好き窓口”と言われた。
結婚後、転勤になり、悩みながら子育てをした。出産1カ月後に海外赴任先で体調を壊す。その間、ご両親が病気にもなり、自分の体調もままならない。
しばらくの間、「親とはどういう存在だろう、親の影響ってなんだろう」と、
自問自答する日々を過ごした。

熊本に戻ってきたのは8年前。すぐに子育て支援のNPOを立ち上げ活動を開始した。
そして自分の子どもの成長とともに、その活動の場、かたちが発展していると述べた。
今は下のお子さんが小学生になったため、小学校での相談が多いという。

仕事の方向性は、今も自問自答で模索中とのこと。
だが、「気付いたことがあります!」という。
“餅は餅屋”。その人が一生懸命努力したものに勝るわけがない。ならば、能力のある人に、「助けて!」と言おうと。
そして自分は、パッと人を包み込めるような温かな人でいたいと。

「大丈夫、そのまま笑ってごらん」と、子どもにも大人にも言いたい。
今日を精いっぱい生きてみる、まずはそれから。今できることを精いっぱいやること。
それが自分の目標だと思っている。

1年365日のうち300日以上仕事している。
それはなぜかというと、相談内容にはつらい話もたくさんあるけれど、
でも、「先生ありがとう」と言われると、元気や肯定感をもらえるから。

お世話好きな人は、みんな元気だと思う。
自分は今までどのような道を歩いて来たのか、そして今どこにいるのか、現時点を確認し、私はどこへ向かいたいだろうと考えながら、生活しているつもり。
もうひとつ。人づくり、生きがいつくりが町づくりにつながっていくと思っている。
「これからも笑顔で生きたいと思っています」と締めくくった。



次は、今日の会場入り口の案内板を描き、プレゼンするみなさんのスライド操作を担当している田中さん。



●田中洋美さん
POP・STYLE  代表


 

「会社員として18年間働いた後、独立を決心したのは、社会に必死にあらがおうとしていたのかも」と、独立の経緯を語り始めた。

早くから管理職に就いて仕事に専念してきた。結婚して家庭に入るイメージはなく、働くことに喜びを見いだす人生。ところが、会社を辞めることになる……。

入社当時は7名だった会社が、いつしか130名を超える大きな組織になっていた。
退職のきっかけは母親の入院。
早退、欠勤、遅刻を繰り返し、会社にいずらくなったという。
「パートになってもらうしかない」と言われ、今では当然のことと思えるものの、当時は一番の悩みになった。

しかし退職の決心は早々につけたという。
2006年に辞表を提出。
あっさりと独立を決心したのは、当時36歳という年齢から再就職先がないと思ったこと。
そして何よりも、彼女(お嬢さん)を守るために決心したと力強く言った。

とはいえ、仕事の依頼はない。とりあえず東京へ営業に行こう!と行動する。
東京に住むのではなく、仕事を東京でもらってこようと。
飛び込み同然で行った最初の会社で、なんとその場で依頼が! 
ところが後は忙しく、引きこもり同然のような生活が3年間続く。

もっと自分の範囲を広げなくては!と、いろんなことにチャレンジをして今に至る。
それは関わってきた人たちのおかげだと述べた。
ただ、いいことばかりではないという。あの飛び込みで初仕事をくれた取引先が倒産した。

今もさまざまな取り組みをしているが、この先、この続きは
「To be continue! また西田さん主催のペチャクチャナイトで話させていただければ、2回、3回とこのような機会を提供してください」とお願いも。

最後に、きっずキラリという子ども向けのパソコンスクールを開催することになったことを告知し、「起業、何それ? おいしいの?」というお嬢さんの言葉と音声でエンディングを飾った。



●野方聖子さん
夜間保育園こどもわくわくステーション 代表


   

野方さんは、自作の絵本「まるちゃんとしかくくん」の読み聞かせをプレゼンした。


ふわふわ柔らかくて、いつもにこにこしているまるちゃん。
かたくてかんじょうで、ちょっといばっているしかくくん。

  

そんなまるちゃんになぜかはらをたてて、
ちょっとこわしたくなったしかくくん。

まるちゃんをこわして、すっきりしたしかくくん。

    


(スライドに映し出されたまるちゃんは、泣いている。
 しかくくんから遠ざかっていく)

(お互いに距離を置いて、それでも互いが気になるまるちゃんとしかくくん)


野方さんが会場に話しかける。
「今、まるちゃんですか? しかくくんですか?」


「どうしていいかわかならい、そういうことってありますよね?」

    


「表情を楽しんで、感じてください」

「今、どっちの気持ちですか? 
まるちゃんですか? しかくくんですか?」


絵本の読み聞かせを終えて、また会場に向かって話しかけた。

「お互いを支え合って生きていくことを決めたふたりですが、
いろんな色があると思います。
この色だ、このかたちということはないと思います。
私は託児所をやっていますが、子どもたちに、
『あなたはひとりしかいない、大切なひとりなのだ』と伝えています。

そして私は誰かに聞かれたら、『アイムハッピー!!』と言える自分でいたいと思います」



●広瀬美貴子さん
株式会社Fineプロデュース 代表


 

「2012年の私、というテーマでつくったコラージュです!
わたしは何者? ルーツと生い立ち、そしてどこへ行こうとしているの?
どうなりたいと思っているの? その3つをキーワードに私を探していただきたい」

広瀬さんは父親の起業を見て育ったという。
看護師として2つの大きな病院に勤務し、自分自身の人生観をいただいたと述べた。

そして、父親と同じく40歳で起業しようと決めたのは24歳の時。
多くの若者の多重債務の相談を受けることで、2002年にFPに転身し、
全国で金銭教育活動を始めた。

その後、九州で仲間をたくさんつくり、熊本で仕事ができ、起業家のつながりができ、2004年に増田さんや西田さんとつながった。

大事にしたいのは、出会い、ご縁、それをつなげること。
そして夢を叶えることを発信していきたい、伝えたい。
各誌で連載を始め、発信の場を得て伝えることを一生懸命やり、
また稼いだ分を学ぶことに生かし、また伝える、を続けてきたし、続けていきたい。

ただこう見えても小心者で、伝える者の責任と不安がある、だから学ぶのだという。
金銭教育活動は続け、ライフプラン講座や自己理解講座、
大学ではキャリアデザイン講座などを受け持ち、コミュニケーション研修に注力している。

そして、どこへいこうとしているのか。
幸せは自分の心が決めるというキーワードで、
後悔しない人生を納得した人生を歩んで欲しいと活動していく。

どうなりたいのか。 
人の為と書いて、「偽り」。
やはり自分自身が喜びたい、楽しみたい。そうしないと他人を幸せにできない、というのが本音。だから、この3つのサインを理念にしている。
今からの自分は、みなさんへの感謝を大事に、誠実に、
まだまだ自分を探していきたいと、締めくくった。


<休憩>
前半の5名のプレゼンテーションを終えて休憩。
プレゼンテーターはもちろん、リスナーも20スライド×20秒をじっと見聞きするため、思っていた以上に集中する。
後半を始める前に、リフレッシュしましょうと司会の桑崎氏。全員で起立し、まずは両腕を挙げ、次に“あとだしじゃんけん”で、桑崎氏に負ける・勝つを数回繰り返し、また和やかなムードになったところで、後半戦がスタート!

 



●濱田佳与子さん
Slapstick-Photo(スラップスティックフォト) マネージャー


 

まもなく3人めを出産するという濱田さんは、プレゼン初挑戦。
カメラマンであるご主人の喜幸さんと、写真スタジオを経営し、様々な写真業、フォトスクールの講師をしている。
その喜幸さんの出身地が県内の球磨地方であることから、婚礼フォトの提案をしたいと語り始めた。

「ただ撮られるだけでなく、撮られる日を思い出としてのこしていただきたい」。
この想いを大事にしているという。
そして、撮影を通して、地元のお役に立ちたいとの想いがあると語った。
そのきっかけは、様々な撮影で幅広い年代の方から聞く声。

成人式の撮影などで「将来、熊本に戻っていらっしゃいますか?」と聞くと、
子ども世代は「戻らない」と言い、親御さん世代も「何もないから」と。

「でも本当にそうでしょうか?」と濱田さんは続けた。
九州には2つの国宝神社があり、そのひとつが、ここ熊本にある国宝 青井阿蘇神社。
濱田さん夫婦は、この青井阿蘇神社での挙式とフォト婚の提案をしている。

フォト婚とは、挙式や披露宴はしないけれど、しなかったけれど、
写真だけでも残したいというニーズに応えた撮影プランだ。
だが、“婚”を体験するからには、結婚式の本来の意味合いを伝えたいと思っている。
それは3K、感謝、感動、けじめ。

モデルプランとして、挙式する場合は国宝 青井阿蘇神社で挙げること。
その大きなポイントは、式を挙げる社殿もまた国宝であるということだ。
九州のもうひとつの国宝神社、宇佐神宮は、本殿は国宝に指定されているが社殿は国宝指定ではない。
国宝 青井阿蘇神社の社殿は国宝指定。

また、挙式後は、神社から徒歩で行ける芳野旅館へ、
また式はしない方も、国宝 青井阿蘇神社で撮影し、
旧大宮司屋敷「文化苑」でも撮影する。ここは通常は撮影がNGな貴重な場所。

また、近くに映画にも使われた老舗の人吉旅館があり、そこでの撮影、お祝いの席も提案する。
いずれ場合も、遠方からのゲスト招待も考慮し、衣装や着付けなどもプラン内に含んだ提案で、手ぶらで来ればOK!のオールプラン。
国宝 青井阿蘇神社で挙式する初穂料は3万円、同じく国宝の日光東照宮の場合、最大で74万円。

このプランを様々な人に話したところ、
「婚礼限定ではもったいないのでは?」とのアドバイスを得た。
そこで、結婚10年記念に、退職記念に、とメモリアルでの提案もしていきたい。

球磨・人吉は魅力あるエリアでもあるので、多くの方に訪れていただくきっかけになり、いい循環が生まれればと考えている。

「私たちは私たちができることで、球磨・人吉を元気にできればと思っていますし、まだまだアドバイスもいただきたいと思っています。よろしくお願いします!」



●松川由美さん

 

ジャズのBGMとともに、
「ある日のこと。小学6年生の男の子の存在を知りました」と、語り始めた松川さん。
その男の子は、病院に入院していて、外とのコミュニケーションがとれない状況だという。

松川さん自身も今は元気だが、小学生の時に大病を患い、入退院を繰り返した経験がある。
家から病院は遠く、親ともなかなか会うことができなかった。
母親が帰る時、窓から後ろ姿を見つめながら、涙していたという。

松川さんは退院して学校に復帰しても、最後まで授業を受けられないこともあり、友達とわいわい騒げず、どこか疎外感を感じていたと静かに語った。
親と一緒にいること、通学すること、友達とわいわい騒ぐこと。そういう日常的な些細なことを自分は諦めざるを得ないのだ、という気持ちでいたという。
この男の子もまた、そういう想いでいるのだろうか、そんな想いをさせたくないと思っていた。

現在の仕事は、情報通信業の会社に勤務。この男の子と学校を結ぶモバイルはできないか?と。病院へ行き、夫の協力を得てテストをした時、その子が嬉しそうな顔をしてくれた。
ところが、この話はここで頓挫してしまう。
遠くの大きな病院へ、その子は転院してしまったのだ。
いかにスピードと段取りが重要であるか、また、自身の力のなさを痛感した。

「思えば、これまでも中途半端だった」と、過去を振り返った。
だが、好きなことやりたい、これまでの経験を生かし、社会に貢献する社会起業をしたいのだと、近い未来を語り始めた。
行政に頼らず、民間の力と行動力で社会福祉や教育事業をしていきたい。
そこで、自分の強みは何だろうと考えた。
モバイルが好き、その知識と経験とフットワークがある! 
それを社会起業に結びつけていけないかと考えているところだ。

2006年に『イノベーション25』で、政府が国民に、2025年にどういう社会にしたいかを募集した。そのいくつかを挙げて紹介し、ネットワークで守る子ども、大人の安心、ICTに乗り遅れている情報弱者を網羅し、安全安心で格差のない社会ができるのではないか。
地域にICTスペシャリストを育てるしくみ、育成する仕組み、相談できるしくみをつくれないか。

「ICTを生かしてそういう社会を目指すのが夢であり、今年の春にその一歩を踏み出します!」



●孔 艶(こう・えん)さん
インターナショナル・ヘルプ・フレンズ設立準備事務局 代表


 

赤いチャイナドレスで登壇した孔艶さんは今29歳。中国大連の出身。
2009年に結婚し、翌年4月に出産した。
大連は福岡から飛行機で2時間。人口は福岡市より少し多く、とてもきれいなところだと紹介し、
来日までの経緯と、大連での暮らしぶりを語り始めた。

実家は中心地から車で10分程度。
中国では女性も仕事をするのが一般的だが、母親は病気がちで専業主婦だった。
孔さんはひとりっ子。中国には20代のひとりっ子が1億人を超え、様々な問題が起きているという。

昔の大連は田舎だったと、町並みや市電の写真を映し出した。
市電の車内の説明は戦前の日本語のまま。
以前暮らしていた家はトイレもお風呂もなく、家電製品もなかった。

そんな状態なのに、6歳の時、父親が電子ピアノを買ってくれた。
その価格は2万4000円。その当時の父親の給料は1カ月2200円なので、とても苦労して買ってもらったという。毎週ピアノ教室へ通い、そこで日本の曲を知った。

初めて日本製品を見たのは東芝。
10歳の時に冷蔵庫が自宅に入り、その時はお祝いをした。
おかげで食品が保存できるようになった。それまではいつもお腹が緩い状態だった(笑)。

12歳の時、友人から『ドラえもん』の本を借りそれ以来、日本のアニメが大好きになっていった。
13歳の時に新しい家へ引っ越し。「文明的になりました」と笑顔。
14歳の時に、カラーテレビを購入し、日本の番組を観られるようになり、日本への強い興味を持つようになる。

高校は日本語が勉強できる学校に入学し、毎日、本屋で日本語のものを借り勉強した。
だんだんと日本へ行くのだと思い始める。だが日本語の勉強は面白くなく、難しいとも感じていた。

21歳の時に日系企業に入社し、初めて日本人と一緒に仕事をした。
その時の印象は、日本人は一生懸命に働く、中国人とはやり方も違う。
また自分のレベルと文化の差を感じ、留学しようと決意。
そして、学校とアルバイトを経て、日本語もだんだんうまくなったという。

来日する前、日本人は冷たくてお金持ちが多いと思ったが、来日後の印象は違う。
今は親切で優しくて、お金持ちばかりではないことも知った。
(スライドに「貧乏」の文字があり、場内がわく)

26歳の時に母が病気になり、花嫁姿だけでも見せたいと大連で婚礼写真を撮り入籍した。
その2週間後に母は天国へ逝った。

今年、熊本市は上海に事務所を開設。これからの日本は、多文化・多人種になると思うし、それから問題も発生すると思う。それらを解決するため、外国人が住みやすい環境づくりに寄与したいと、多文化共生事業を目指している。
「これから事業化に向けて頑張っていきますので、応援してください!」



森田恵美子さん
Plenty of Heart プレンティ・オブ・ハート 代表


 

「熊本城の近くて店舗を構え、フラワーエッセンスを使った本気女子の応援団をしています」と語り始めた森田さん。

フラワーエッセンスとNLPを生かしたカウンセリング、セミナー、魂の人生ゲームのファシリテーターを務めている。

本気の人は、セミナーやカウンセリングで自分はどうしたいか。新しい考え方を身に付けた時に、勇気を出して行動できるようになったり、人生を変えるようになったり、自分の本気の気持ちに気付くようになる。本気の人は自分を大好きになり、夢を叶える。そういう時に共感できるのがとても嬉しいのだと仕事へのやりがいを語った。

次にバイオグラフィーを示し、18歳、37歳、55歳は特別な時期であり、
「自分はどうしたいのか?」と゛問いかけることで人生を変えることができ、また応援してくれる人が登場するのだと述べた。
森田さん自身も、この時に事業を開始。そして2年前に店を建築している。

一般的な起業継続率を示し、起業後年々継続率が下がり、起業家が抱える様々な課題を挙げた。
集客、販路、人脈、オフィスの確保、ITなどの各課題に伴う一方で、
感情面では、不安、無力感、恐れ、落ち込みなどを体験するとことも。
そのような感情の時に、周りの人の助言を得ても、また経営ノウハウを学んでも、マイナスの感情を持ったままでは、重い荷物を背負ったようなもので進まない、進めないと、その心理状態をイラストで紹介。
「でも、そのマイナス感情が手放せるとしたら?」
今度は、重荷を外した車が、ぐんぐんスピードを上げるイラスト。

そしてフラワーエッセンスについて紹介。
発見者はイギリスの医師。自然の花や植物からつくられた自然療法だと説明。
心と身体のバランスをとるものであり、世界70カ国に輸出され、有名なところではハロッズやブーツなどでも購入できるのだという。
また、故ダイアナ王妃もカウンセリングで使用していたそうだ。
森田さん自身、今日の緊張を和らげるために飲んで来たという。これまでの実績も紹介した。

「人生はまだまだうまくいく。本気で人生を変えると決意したあなたに、絶対大丈夫!と、応援団であり続けることを約束します!」



▼本家ペチャクチャナイト熊本 オーガナイザーの中山善晴氏より総評をいただいた。

「素晴らしいプレゼンでした! 初回と思えないほどレベルの高いプレゼンを見せていただき、正直驚いています」。また、本家についてスライドで紹介。世界的に開催されているプレゼンのムーブメントであり、プレゼンを介して人が集まること、輪が広がること。プレゼンで表現することが、仕事に、家庭にと生かせるものなので、今後も本家・熊本も定期開催していくと語った


▼9名のプレゼンテーター全員が前へ出て来て、一言ずつの感想を。
 

  
田中さん「言いきれなかったことがあったのでまだリベンジさせてください」
森田さん「頑張った自分を褒めたいと思います」
野方さん「表現することをテーマにさせていただき、今日は満足しています」

  
濱田さん「初めての挑戦でこのような機会をいただき感謝しています」
広瀬さん「ぜひ続きをやりたいです」
松川さん「プレゼンで自分の名前を言うのを忘れたことに気付きました。
 松川です。また次も起業後にやらせてください」

  
野村さん「20秒の設定を覚えたことが収穫です(笑)、ぜひ次回も夢を発表できるよう、次回は1週間ぐらい前までに準備します」
塚本さん「昨日まで本当に出ていいのかと悩んでいました。いい経験をさせていただき、また頑張ります」
孔さん「先輩のみなさんからとても勉強させていただきました。自分の夢を叶えるように頑張ろうと思います」
桑崎氏「もういちど盛大な拍手を!」

 



●第2部 講演

一般社団法人 起業支援ネットワークNICe 増田紀彦代表理事

「ニッポン復興の年を、起業家躍進の年に!」
 9つのキーワードでひもとく、2012年からのチャンスとミッション


第1部の熱気が冷めやらないまま始まった2時間の講演。登壇した増田氏は、さきほど名乗るのを忘れた松川さんに学び、まず自身の名前からとあいさつした。



「紀彦、“紀”のとおり、先祖代々和歌山県の家系です。名字の増田は、電話帳で調べると全国で92位と、何万もある名字の中では多いほうです。利益の益の益田は222位。いずれも田んぼが増える、お米が増える、利益が出てくるといい意味です。お米があっての我々ですから。ですが、もともとの“ますだ”の“ます”は違う字です。もともとあった言葉に奇麗な文字をかぶせることを華字(かじ)といいます。有名なところで志茂田景樹さん。下田ではなく志茂田と書きます。では、本当の“ますだのます“とはどういう字でしょうか?」

会場にマイクを向けた。

「ひと升、ふた升のます?」

「ですね!では升田とはどういう意味でしょう?

「一升しかとれない?」

「最悪の田んぼですね!(笑)、面白い! そんなやせた土地から利益を生むのだ!という明日への希望のような意味ですね。理想的ですが違います」と、昨夜、熊本市内で購入したばかりのマルバツの標識を背広の内ポケットから取り出し、バツを向けて会場をわかせた。


「四角い田んぼという意味です。
四角く切っている田をますだといいます。では、昔の田んぼは四角でしたか? どうだったでしょう?」



会場にまたマイクを向けた。

「棚田?」

「です!です! もともと古くからあった田んぼの形は棚田ですね。四角くはありませんでした。では、なぜ、わざわざ山の中の不便なところにあったのでしょうか?」

「水をひくから?」

「そのとおり!
水は低きに流れるのですから、自然の高低差を生かして水を流したのですね。農業と土木は実に密接な関係です。でも、山の中の丸い田んぼでは効率がよくないし、作業も大変です。ですから平地の田んぼが昔は理想とされてきました。それが灌漑技術や土木技術の発展により、平らな田んぼが広がり、生産量も発展しました。労力も減らせ、利益も増える。夢のように田んぼです。だから名前についたのでしょう。さぁ、私の名前は覚えましたでしょうか? やがて私の名前を忘れても、なぜ今の田んぼが四角いのかは覚えていることでしょう(笑)」


●9つのキーワード 特別編

会場をリラックスさせた増田氏は、講演テーマである“9つのキーワード”に触れながら、こう切り出した。
「今日は9つのキーワードをお話しする予定でしたが、1部のみなさんのプレゼンで、もう十二分な気持ちです。プレゼンテーターのみなさんが、ちょうど9名。そこで急遽、用意してきたキーワードとは違うものを考えました!」

つい今まで田んぼの説明に使っていたホワイトボードを回転させた。第1部の時にはプレゼンの順番が書かれていたのだが、回転させたボードには、1部ではなかったはずの赤文字が9名の名前の下に書き加えられていた。

「おおおおおぉぉ…」会場から驚きの声が上がる。

そこには、休憩時間に増田氏が書き加えたらしい文字が記されていた。



塚本さん:明るさ
野村さん:優雅さ
田中さん:真剣さ
野方さん:ゆったりさ
広瀬さん:正直さ

>休憩<
濱田さん:揺るぎなさ
松川さん:誠実さ
孔さん:前向きさ
森田さん:愛らしさ


 

増田氏はお名前とともにゆっくり読み上げた後に、それぞれについてこう続けた。

「塚本さんの、隠しきれないあの明るさ。人生を乗り越えれば乗り越えるほど、明るくなる塚本さんの明るさは本当に素晴らしいなと思いました。

そして野村さんの、おさえきれない優雅さ、エレガント。昨夜はエレファントと呼ばれていましたが(笑)。大変な人生をなんともエレガントに語っていただきました。

田中さんの真剣さ。初めてのお客さんに今なお恩義を感じて、その後どうなったのか気にするようなその真剣さ。一生懸命さ。コンティニューとプレゼンを締めくくりましたが、これからもその真剣さで向かっていくのだろうなと思いました。

野方さん、ゆったりさ。『まるちゃんとしかくくん』。体型が丸くて性格が四角い私への当てつけかと最初は思いましたが(笑)、いいお話でした。

私が感じたことを少し話すと、人は全員がまるちゃんなら、まるちゃんの良さは引き立たないですよね? 私のような人がいるから、引き立つわけです。世の中はいろんなタイプがいて、それが交流しながら、互いの価値を認めていくのですよね。しかくくんがいたから、『まるちゃんってイケてる!』と思えるのではないでしょうか。

それと、ガツンとぶつかった時に、まるちゃんは柔らかいと言っていましたね? みなさん、覚えていますか? 実は人間もそうです。昆虫などは堅いですが、内骨格の生き物、特に人間は柔らかくできています、人間と人間はよく接触し合いますよね。男女もそうですし、力を合わせて感動して抱き合う時もそう。共同体を営む生き物はスキンシップをとるので、進化すると柔らかくなっていくのです。触れ合った時にケガをしないように、できています。他者と接触した時の優しさ、それが人間らしさのような気がします。

広瀬さん、正直さ。なぜ学ぶかと言った時に、怖いからだと、さりげなく言っていましたが、多くの人は、怖いと逃げます。ですが、怖いから、それを克服するために努力する人がいるのです。まさに広瀬さんはそうだなと感銘しました。正直な方であり、その偽りのないものを原動力にして今日があるのだと感じました。

休憩をはさんで後半の濱田さん。
その揺るぎなさ。ご主人の故郷、球磨郡錦町でご主人と一緒に何をして生きていくのかという使命感。そしてそのバランスが実に素晴らしい。自分たち、人のこと、地域のこと。そこで選択し生きていくのだという揺るぎなさを感じました。フォト婚いいですね。なるほどと思いました。

一見不良少女風でありますが、松川さんの誠実さ。キーワードで中途半端と言っていましたが、それを思い知ったからこそですね。

いろんなことをやることはいいことです。よく『できないことやるな』という人がいますが、やってみないとわからないし、やってもできないことはあるのです。そしてできないとわかれば、それが消去法になり、やがてできることが見えてきます。それを“強み”という言葉で表現していらっしゃいました。できることを認識して社会をつなげていきたいのだと。強みを認識して、違う強みの人と持ち合わせていけば、社会は豊かになります。逆に、人に言われたからと嫌々やったり、得意ではないけど条件がいいからやるでは、社会は良い方向へ向かいません。松川さんのその誠実な気持ちがひしひし伝わってきました。

そして、言うまでもないほど、孔さんの前向きさ。今や日本人の多くの人が持ち得ない、夢を追って年数を重ね、ドンドン膨らませていくその前向きさ。大連は遼寧省にあり私も行っています。その同じ遼寧省の瀋陽で中学校の授業を見学させてもらったことがあります。生徒たちがスゴく真剣で驚きました。進学塾でもない公立の学校で、なぜこんなに一生懸命なのかと。孔さんは、日本人は一生懸命に働くと言っていましたが、中国の人の一生懸命さに、これから中国は来ると実感しました。日本は先に成長してアドバンテージありますが、あの目つきのスゴさに胸を打たれ、恐ろしくもなり、反省もしました。孔さんの前向きさを聞いていて感銘を受けました。

森田さん、愛しい。見た目もなんとも愛しいし、人に対する愛しさをベースにずっと活動しされている。等身大であり、常に相手に対する愛しさを感じ、また自分にも感じながら生きているんだなと感じました。

まさに9人9様ですが。この9つが人間に備わっていたら、もうほかに何もいらないのではないでしょうか。今日はもうこれでお終いにしてもいいかなと思うのですが、せっかくですから、講演をさせていただきます。その中でも、9名のみなさんのことを加えたいと思います。
一夜漬けではものになりませんが、みなさんのお話はとってつけたものではなく、日頃から思っていること、感じていること多々あり、とてもインスパイアされています。今日のみなさんの話をモチーフにしながらお話します。あらためてよろしくお願いします」

 



●内憂外患の日本経済、厳しい状況をまずは認識


「堅苦しい話から始まりますが、最初はどうぞ我慢して聞いてください。2012年、もう始まりました。経済とその重要な要素である生活に大変なことが起きています。そのひとつ、TPPについて話します。TPPについて何かご存じですか? TPPとはなんでしょう?」

「トランス、パシフィック……???」

 

「惜しい! 最後のPはなんでしょう?」

「パンタロン?」

「そう!太平洋諸国が裾広がりになる、じゃなくて(笑)、パートナーシップ。連携しましょうというものです。ここ最近になって話題になってきましたが、ことは前々から進行していました。が、政府はこの内容を発表していませんでした。私も研究してきましたが、当初は英文の資料しかありませんでした。日本語訳で公開していない時点で、すでに菅政権ではやると言っていました。一昨年ぐらいから話はあったのです」

増田氏はTPPとは何か。日本が加盟することで私たちの何が変わるのか。暮らしや食生活、雇用、経済にどのような影響や変化が起こるのかを具体的に説明した。そして、日本のTPP加盟を促進したいのは誰か。その真の狙いは何か。私たちの生活に世界経済がいかに密接に関係しているかを説いた。

「日本中にあって、潤沢な資金がある共済、簡保、そして投資。この開放を大国アメリカは狙っています。市場開放や規制緩和というと、何かフェアで自由で良いようなイメージがありますが、日米2国間で成立しない契約を、学級会形式で『みんなで決めたじゃん!』と、アメリカが押し通そうとするのがTPPの本質です。隣の韓国が97年に通貨危機に陥ったことを覚えていますか? ウォン安が進み、このままだと韓国が倒産すると、IMFが乗り出しました。IMFとは国際通貨基金という名称ですが、実態はドル基金です。このIMFが高金利で韓国に貸し付けをしました。と同時に条件にしたのが規制緩和です。借りなければ国の経済は破綻する、借りればIMFの植民地と化してしまう。韓国政府は苦渋の選択だったと思います。ところで今、韓国資本の企業で思いつく会社ってありますか?」

また会場へマイクを向けた。あのマルバツをかざしながら。

  

「サムスン?」 ×
[ヒュンダイ?」×
「LG」×
「SKテレコム」×

バツ続きに会場から驚きの声が上がる。

 

「それらの会社はすべてアメリカを中心とした外国資本の会社です。韓国系の銀行も軒並み外資。韓国の大手企業や金融機関のほとんどはアメリカなどの外国資本に取って代わられました。雇用では200万人が首切りされ、日本とは比べものにならないくらいの就職氷河期になりました。何千人に数人が採用されるかどうかですから、整形美容が盛んになり、その名残は今でもご存じのとおりです」

増田氏は内憂外患の日本経済の現状について、TPPにより関税や非関税障壁が撤廃されるとどうなるのか、解説を続けた。日本はすでに深刻なデフレーションにある。関税撤廃によりさらに海外低価格商品が増加すれば、競争力保持のために国内生産の低価格化がまた加速し、デフレがさらに進行する。そうなると、企業収入が悪化し、当然のことながら人件費カット、業者カットへと連鎖し、また低所得者層が増加する。消費はさらに冷え込み、ますますデフレギャップが拡大する。

もひとつ。デフレが進むと円の実質金利が高騰し、円高がさらに拡大する。ユーロもドルも行き詰まっているため、おのずと、国際通貨の中の安定株は円となるため円を買う動きがとまらない。円高がさらに進行すると、輸出型の日本の基幹産業は苦しくなり、さらに雇用カット、海外移転が加速する。低所得者層が増加し、国内消費はさらに冷え込む。そしてデフレギャップが拡大する。2つのルートによる悪循環の中に、私たちは今いるのだ。

 

「今朝の熊本日日新聞の一面を見ましたか? 九州学院が春の選抜に選ばれた、ってそっちではなくて、水資源の規制法を超党派の議員が国会へ提出するというニュースです。何かというと、水源のある山が外資に買われ始めて、そこで乱開発されると生活は一気に困ります。水がないと人は生きていけませんから。それを阻止しようという動きです。日本のものが安くなれば、地価も下がります。外資は日本のものを買いたいのです」


●外的要因に幻惑されず、まずは自己の適性を確認する

2つのルートから日本経済は今後ますます厳しくなる。増田氏の解説で、一見遠くの無縁のような世界経済が、私たちの暮らしに実に密接であることがよくわかった。とはいえ一国の大統領でさえ自国を守れないというのに、いち国民がどのように立ち向かえばいいのか。


「ここまで私たちに関する外的要因をお話ししました。とても大変です、呑気でいられない。でも、そればかり見ていて浮き足立つのが一番よくないことです。ではどうしたらいいのか? そこで、開き直ってみませんかってことです。

こういう時だからこそ、自分の強みをちゃんと見ないといけないと思います。今日の9人のプレゼンテーターの話を聞きましたよね? 素晴らしかったですよね? どんなに景気が悪化しようが、国際関係がひどくなろうが、あの9人がいれば、ナインレンジャーと言いましょうか、大丈夫かと思えるくらいでした」

「大丈夫なように人間はできているんです!」と、“大丈夫”に力をこめて言葉を続けた。



「世界も大変だけれど、彼女たちの人生の中にも、世界が潰れるほどのショックなことや辛いことがあったじゃないですか。その大変さを超えられる力を、人間は持っているし、ひとりだけではないのです、それを支えてくれる仲間がいます。時に人間が人間を苦しめるけれど、一方で人間は人間を助けて、その人間関係がいい方向へ向かった時に、たいがいの困難を人間は乗り越えられるのです。もう一度、自分の適性を、能力を、松川さんが言っていた“強み”をしっかり把握する。
『今は世の中がこうだから』と、できもしないことで動くのではなく、自分の中にある、天賦の才を確認して、発揮しないといけないと思います」


●子どもの頃に夢中になれた“動詞”で自分の適性・能力・志向を知り、
 他者と関わることで共同体での役割がより明確に


では、自分の適性能力は何か、どうすればわかるのか。
これもまた、第1部のプレゼンに登壇した広瀬さんの言葉を例に増田氏は説明した。

「さきほど、広瀬さんがいい表現をしていました。適性・能力は動詞で表現できるのですが、スライドの中心にビシッと書いていました。“伝える”です。その上に、学ぶ、実践する、という図でした。学ぶ、実践する、は伝えるためにやっている。使命感を持って仕事をしていらっしゃいますが、広瀬さんは、常にその“伝える”をしてこられたのだと思います。

この天賦の才である動詞の捉え方ですが、たとえばパソコンが得意、ではないのです。パソコンは名詞です。パソコンが得意でも、開発する、のか、組み立てる、のか、調べる、なのか、教える なのかでは、違いますよね? みなさんは、天賦の才を自覚していますか? 意外と簡単に見つかります。それは、子どもの頃、好きだったこと、夢中だったことです。今夢中なことは外的要因が影響しているので、今ではなく、子どもの頃です。何に夢中でしたか?」


「音楽が好きでした」 「音楽をどうするの?」
「奏でること」 「それが動詞ですね。あなたは?」
「動物を育てる」

「育てる、動詞ですね。私は逆に育てるのが不得手で、小動物や昆虫を見つける、捕まえるのが大好きでした。捕まる、ために見つける。見つけるために探す。いつどこに隠れているのかを調べるのも好きでした。関係する能力も伸びていくのです。そして私は、捕まえた虫を見せびらかすのも好きでした。ただ、捕まえた後の記憶がない、育てていないのでしょう(笑)。同じ昆虫が好きでも、観察する、育てる、捕まえる、発見する。タイプが違いますよね。今も大好きです、虫ではなく、動詞のほう。虫の代わりに、起業のケース、町づくりのケースを全国各地で見つけてきては、見せびらかす、です(笑)。今日もこの後に見せびらかします」

 

人間には、持って生まれた適性・能力があり、それは子どもの頃に夢中になった“動詞”から知ることができる。そして共同体の中では、お互いが補完し合えるように役割が分担され、補完し合える人間だからこそ、社会を発展させてこられたのだという。その能力“動詞”がわからないまま大人になると、自分探しをしなくてはならなくなる。まして、人と関わることをせず、同質化された環境下では、ますます自分の得手不得手が見つけずらくなると増田氏は語った。

戦後の日本は、効率重視の輸出型経済を最優先にゾーニングされ、工場地帯、商業地帯、住宅地帯に分けて暮らす国土づくりがなされて来た。太平洋ベルト構想により工場地帯を徹底的に整備し、熊本ならば阪神工業地帯へ、多くの若者が集団就職している。そうなると一方で、地方の若い労働者は減り、たろうじて一次産業と建設業が残ることになった。都市部も地方も、同じ業種、同じタイプの人だけになり、職場でも地域でも同じ指標でしか評価されなくなる。となると、同環境下で同質化されてしまい、他者との違いがわからなくなり、得手不得手が見つけずらくなる。

「他者と関わると、自分の得手不得手がわかります。集団の中で自分の役割は何か。自分にはかなわない能力を持った人も見えてくるし、一方で、自分が補える能力も見えてきます。今日の9人みなさん、違っていましたよね? 自分が持っている強みを打ち出し、持っていないものは補い合う。まずは自分の強み、天賦の才を知ることです。そうすると怖くなくなります。外的要因の分析だけではなく、自分の強みを認識し、必要とされている人へ捧げれば、喜ばれますよね? 喜ばれれば嬉しいです。直に自分へ返ってこなくても、その人もまた誰かに捧げていきます。そうして提供していくと、経済も回っていくのです」


●2012年からの経済・ビジネスの鍵となる9つのキーワード

ぬくもり
一次産業
ローテク
地方
男女の強力な協力
消費活動
安心・安全
土木・建築
次代への投資




9つのキーワードを挙げた後、増田氏は共通する3つの事例を紹介した。

壊滅的な津波被害を受けた沿岸に面していながら、死者ゼロだった岩手県普代村。その防潮堤建設に尽力した和村幸得村長の話と地産地消の取り組み。山口県周防大島町にある手づくりジャム専門店「瀬戸内Jam’s Garden」の代表・松嶋氏と、島の仲間・大野氏の取り組み。そして、長野県一小さな面積の小さな町で修景活動をし、今や年間100万人を超える人気観光地となった小布施町の取り組み。
(参照/第12回NICe全国定例inさいたまレポート
 9つのキーワード ヒント1、2、3 http://www.nice.or.jp/archives/7719

  



「小布施町には農家もいるし、加工工場もあるし、商業の人も居ます。狭い地域に様々な業種の方がいるので、他人は何が得意か、誰が何で困っているのか、井戸端会議的にわかっているのです。

 

もう一度、9つのキーワードに注目してください。土木・建築は、やれ無駄だハコモノだと報道で散々叩かれました。その報道後、どうなったか、ご存じですか? 道路特定財源が一般財源化されて、財務省管轄になりました。政府はことを進める前に、マスコミを使ってネガティブキャンペーンをします。ある業種が悪く言われた後に、必ず編成があります。TPPでは、農家は開国を阻止する保守的な存在だと、マスコミが叩いています。

安心・安全は、震災で十二分にわかったんじゃないでしょうか。安心安全に生きること、安心安全に暮らせるインフラが大事なことを。この国は地震列島で、わずか16年に各地で大地震が起き、その周期も縮まっています。プラス原発列島でもあります。道路も学校も耐震化しないといけないし、地震や事故がなくても、建造物は老朽化していきます。安全に暮らしていくために、メンテナンスをしていく必要があります。もうひとつ、食べ物の安全安心も重要です。もう毒入り餃子事件は話題にならなくなりました。でもTPP参加による非関税障壁撤廃になれば、農薬使用基準がネガティブリスト方式に逆戻りし、一覧に掲載されていない農薬は何を使用してもいいことになる可能性もあります。

どうでしょうか? 人間がちゃんと安心安全な作物を食べられ、ケガをしないで生きていける日本。それがこれまで当たり前でしたが、今後は意識せざるをえない時代だと思います。また、1次産業、2次産業、3次産業は、その数字の順番でつながっていることも然りです。1次産業がなくて、2次、3次の発展はあり得ませんでした。が、今の時代、農林水産業の恩恵を感じないし、道路が通っていてありがたいなんて、思わないで暮らしていますが、そうではないのです。

 


ハイテクではなくても、栗を加工する小布施町、焼きジャムのようなローテクで人の心を打つのです。そして消費活動。お土産のように、『せっかく来たんだから』が、どれほど日本の市場を支えて来たことか。またネット販売でも、被災地を応援したいと買いたいが、どこで買えるかわかならい。逆を考えた女性グループが名古屋にいます。SNSの中に被災地のショップのバナーを出したのです。東北のお店が旗を立てていたら買う気になりますよね? そのSNSの会員さんは買うわけです。
また、男性と女性の得意不得意を全部棚卸しし、この国にある全部の“動詞”を出し合って、合わせていけば、世界がどう動こうと、私たちは堂々と生きていけます。

この9つのキーワードに関われることはないか。あるいはこういうことをやっている仲間はいないか。この9つのキーワードを大事に、自分の得意なことと世の中の流れを組み合わせれば、自分も満足し、人からも喜ばれる仕事がしていけると思います。みなさん、いい話を聞かせてくれたという顔をしているので、私もとても嬉しいです(笑)」


●エピローグ

西田ミワ氏から閉会のあいさつ。
「今日はみなさん、長時間どうもありがとうございました。私の“動詞”は何だろうと思いながら、増田さんの講演を聞いていました。それは、“組み合わせる”ことです。熊本にはたくさんの人的資源がありますので、つなぎ合わせて、組み合わせて、これからも展開していきたいと思います。今後も、女性バージョンのペチャクチャナイトを引き継がせていただいてよろしいでしょうか?(満場の拍手!)では、これからもどうぞよろしくお願いします!」



●主宰者・西田ミワ氏から後日あらためて一言

「タイムプレッシャーの中で、場の空気に飲み込まれず、いかに自分の想いを伝えるか、独自性を出せるか。連日メールが飛び交い、何度もつくり直し、果敢に挑戦した9人の女性プレゼンター。運営側も初めての試みならば、彼女達も初体験。試行錯誤の挑戦でしたが、クオリティの高いプレゼンで400秒を颯爽と駆け抜けました。あっぱれ!

増田紀彦氏講演とプレゼンへの総評も相まって、会場からは大絶賛の声。第二弾を希望する声や激励を頂戴し、大変嬉しく感じています。

彼女たちの頑張りを支えてくださったご家族、桑崎さん、桑原さん、女性就業支援センターの富尾木さん、NICe、そしてマッスー先生、応援ありがとうございました!
今回の体験は私たちにとって、意義ある一歩になりました。地道に回を重ね、九州女性リーダーの連携力へつなげたいと思います」



取材・文、撮影/岡部 恵
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