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厳しさを増す経済・経営環境に立ち向かうために、NICe増田代表理事が送る、視点・分析・メッセージ 。21日配信のNICeメルマガシリーズコンテンツです。
ヒデキ、ネットマーケティングの時代に、逝く



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    「増田紀彦の視点 どうする?日本経済」

     第55回 
     ヒデキ、ネットマーケティングの時代に、逝く
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【我が理想の青春スター、西城秀樹さん】

笑わないでほしいが、思春期の私は、
なれるものなら、西城秀樹さんのようになりたいと思っていた。
郷ひろみさんは、男性にしては可愛らし過ぎるし、
野口五郎さんは、若者にしては落ち着き過ぎている。
ワイルドでセクシーで少し危なそうで、ほんの少し脆そうな西城さんこそが、
私の青春スター像だった。

絶唱型と呼ばれる、あの声を振り絞るような歌い方。
ハスキーなのに、鼻から抜ける甘い声……。
当時の女子学生は、西城さんの何を気に入っていたのか知らないが、
私は、一にも二にも、あの声にハートをつかまれていた。
「あんなふうに歌いたい。あんなふうな歌を歌える人になりたい」と。

その西城さんの魅力が最大限に発揮された曲が、
『傷だらけのローラ』だ(と私は確信している)。
♪(ン)ロ~~~~(ン)オ~~~ラ~~~~~~~!


【西城さん自身が見出した『Y.M.C.A.』】

ところが、西城さんの最大のヒット曲は、
ローラでもなければ、『情熱の嵐』でも『ブーメラン』でもない。
ご存じ、『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』である。
あえて色気を抑え、溌剌さを前面に押し出したことで、
老若男女を問わない幅広い人々の支持を集めるに至ったのだろう。
何より、あのY.M.C.A.の人文字が大きく貢献したことは間違いない。

『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』はアメリカのディスコミュージックのカバー曲だ。
アメリカに出掛けていた西城さんが、たまたま現地のラジオで耳にし、
「いい曲だ!」と思い、日本でのカバーを関係者に提案したという。

ところが当時の日本の音楽界では、
「外国曲のカバーは売れない」という考えが一般的だった。
それをひっくり返して発売を認めさせた西城さんの情熱には頭が下がる。

実際、『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』が嚆矢となり、以降、
田中星児さんの『ビューティフル・サンデー』(1976年)
田原俊彦さんの『哀愁でいと』(1980年)
荻野目洋子さんの『ダンシング・ヒーロー』(1985年)
森川由香里さんの『SHOW ME』(1987年)
安室奈美恵さんの『TRY ME ~私を信じて~』(1995年)
郷ひろみさんの『GOLDFINGER ’99』(1999年)などなどがヒットした。


【ユーチューブを活用した新たなカバー曲市場】

『YOUNG MAN (Y.M.C.A.)』の原曲、『Y.M.C.A.』を、
西城さんがロスで聴いたのが1978年。
実にそれから40年の歳月が流れた。当然、時代も変わった。
2010年代の今は、「外国曲のカバーは売れる」のである。

Dirty Loops(ダーティ・ループス)という3人組をご存じだろうか?
スウェーデンの名門音楽学校出身の本格派バンドである。
その演奏テクニックたるや、超絶そのもの。

彼らは2011年、レディガガのカバー演奏をユーチューブに公開し、
累計2000万ビューを超えたことで一気に知名度を上げた。
以降も、ガガやブリトニー・スピアーズ、ジャスティン・ビーバーなど、
ネット検索にかかりやすいアーティストのカバーをアップし続けた。

自身で楽曲を作らないため、ヒットしても印税は得られないが、
ユーチューブでビューを稼ぐというビジネスモデルなら、
成否が読めない新曲をぶつけるより、はるかに有利な戦略である。
言うまでもなく、楽曲のプロモーションコストも、無きに等しい。


【カバー曲を発表することは、意外と簡単】

さて、そうした有名曲をカバーしたくても手続きが大変では?
と、思う方もいるかもしれないが、意外とそうでもない。

他の人の楽曲をカバーしたいと思ったら、
JASRACのデータベースを使って、カバーしたい曲を探し、
その曲に「専属」や「#」のマークがなければ、
申込書に記入・申請するだけで済む。
使用料もJASRACのサイトに公表されている。


【戦略と情熱、起業家には、どちらも必須】

マーケティングの観点で言えば、市場の嗜好を捉えた商品を開発すること、
あるいは商品が短時間かつ低コストで認知される市場を選択することは正しい。
そして、そうしようと思えば、そうすることが可能な時代になっている。
ビジネスに携わる人は、この事実から目を逸らしてはいけない。

でも、というか、そういう時代だからこそ、
40年前の西城秀樹さんの情熱と勇気がまぶしい。

最後に西城さん自身の言葉をひとつ。
「今でいうJ-POPの原型を作ったという自負はある」。

西城さん、ありがとうございました。どうか安らかに。

<一般社団法人 起業支援ネットワークNICe 代表理事 増田紀彦>

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「つながり力で起業・新規事業!」メールマガジンVol.66
(2018.5.21配信)より抜粋して転載しました。
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