増田通信より「ふ~ん なるほどねえ」311号 ごめんね、ケン君

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<最近の対話> ごめんね、ケン君
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ケン君という同級生がいた。転校生だった。
いつ、どこからやってきたのか覚えていないし、
いつ、どこへ越していったのかもわからない。
風のような「男の子」だった。
黄色い野球帽、黒いランドセル、一年中、半ズボン。
見た目は男子だけど、ケンくんの性別は女子だった。本名も別にあった。
ケン君は女子と遊ばない。
かと言って、男子もケン君とかかわることを躊躇っていた。
だからその学校では、私だけがケン君の友だちだった。
彼とよくキャッチボールをした。
もちろん私は手加減していたが、
ケン君がボールに馴れた頃を見計らって、少し速めの球を投げた。
それを捕球できたときのケン君の笑顔が大好きだった。
ある日、ケン君がチリ紙に包んだ何かを2つ持ってきた。
「これ、宝物。ひとつあげる」。
うわわわわっ。
チリ紙の中から出てきたのは、切断された鶏の脚だった。
右脚がケン君のもの。左脚が私のものだそうだ。
「面白いよ。切ったところから筋みたいなのが出てるでしょ。
それ、腱っていうんだって。ケンだって、おかしいよね(笑)。
でね、それを引っ張ってみて」。
私は言われるまま、腱を引っ張ってみた。
すると鶏の爪が閉じる。腱を緩めるとまた開く。
閉じたり開いたり。これは確かに面白い。
その日、ケン君と私は日が暮れるまで、
鶏の脚を使って戦争ごっこをした。すごく楽しかった。
翌日、気が付くと家に持ち帰った鶏の脚がなくなっていた。
家人の誰かが捨てたのだろう。
後悔した。ちゃんと隠しておくべきだった。
宝物をなくしてしまったことを知られるのがイヤで、
私はケン君に言葉がかけられず、変に距離を置いてしまった。
たぶん、それから一週間するかしないかのうちに、ケン君は転校した。
そうか、だから宝物をくれたのか……。
何ひとつ伝えられないまま、大切なものが消えてしまった。
もう60年近く前の失態だけど、思い出すたび後悔が滲む。
男の子みたいな女の子だから嫌いになったんじゃないんだよ。
周りの目を気にして声をかけなくなったんじゃないんだよ。
もし、そう思っているなら違う。本当に違うんだ。
大事な宝物をなくしたからなんだ。そのことをちゃんと謝れずにごめん。
「また会おうね」って言えずにごめん。
ごめんね、ケン君。
小さなシミのような悔しさ、苛立たしさ、うしろめたさ……。
でも、もしかすると、人生の内側は、
そんな思いの積み重ねで形作られているのかも。
だとしたら仕方ない。前を向こう。
もちろんたまには振り返ってみるけどね。
欠けたままのピースの穴も、人生の宝物かもしれないしね。ね、ケン君。
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増田紀彦NICe代表理事が、毎月7日と14日(7と14で714(ナイス)!)に、
NICe正会員・協力会員・賛助会員、寄付者と公式サポーターの皆さんへ、
感謝と連帯を込めてお送りしている【NICe会員限定レター「ふ〜んなるほどねえ」スモールマガジン!増田通信】。
第311号(2025/3.7発行)より一部抜粋して掲載しました。
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