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代表から

増田通信より「ふ〜ん なるほどねえ」156 後悔論  


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<最近の主張> 後悔論
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「無難な人生の先に待っているのは後悔」。あるベンチャー経営者の言葉だ。

これが真実かどうか、無難な人生を送った経験のない私には判断できないが、
では、無難とは程遠い人生を送っていれば、後悔と無縁なのかと言えば、
そんなことはない。こと私に限って言えば、後悔の連続の人生だ。

昔、一人で中国へ渡り、入国したその日に大金の横領事件を目撃して、
犯人から追われる羽目になったこと。その町から逃げようとしても、
駅には切符を求める人が万単位で並んでいて、脱出を断念したこと。
やっと逃げた別の町で、悪徳軍人に拉致され金品を奪われてしまったこと。
さらにそこから逃げていった別の町で、崖から転落して死にかかったこと……。
もう、「どうしてこんな選択をしたのだろう」と、悔やむことしきりだった。

いつだってそうだ。今だって、そうだ。
選択や判断や決断の先にあるものは、大概が後悔だ。
ただし、その後悔が熟成すると、知恵に変化する。
同じ過ちを繰り返さないセンスが、体に刻み込まれるのである。

もっとも、新たな挑戦をすれば、またまた後悔のタネを掴むことになる。
つまり、頻繁に挑戦していれば、「人生の先」に待つものが後悔だとしても、
「そんなことは、いつものこと」と、笑い飛ばせるわけだ。

そう考えると、ベンチャー経営者の言う「無難な人生の先の後悔」とは、
「後悔慣れ」していない人が、命の炎が消える間際に、
悔やみきれないほどの気持ちに襲われるという意味かもしれない。
だとしたら、それは余りにも悲しい。

そんな最期を迎えたくない人には、
やはり私のように、「後悔慣れ」しておくことをお勧めしたい。

ただし、頻繁に後悔ができる人生を送るためには条件がある。
大事な時に、一歩を踏み出さなかったとしたら、そのことを心底悔やみ、
その後悔をバネに、次こそはやるぞと心に決め、実際にやることだ。

反対に、ここぞという時、二回続けて一歩を踏み出さなかった場合、
ほぼ、その人の価値観は、「踏み出さないことが正解」として固定化される。

結局二回目も踏み出さなかったことを過ちと認めてしまうと、
それこそ、その人は同じ過ちを二度繰り返したことになる。
同じを過ち繰り返すことに、大半の人は耐えられない。
だから、それは「正しい判断なのだ」と信じ込む。そうなれば、
その人はもう、三回目も四回目も、決して一歩を踏み出そうとしなくなる。
周囲も、その人に難しい決断を迫ろうとは思わない。
かくして、ベンチャー経営者の言う、「無難な人生」が完成する。

起業という、困難な選択をした自分は大丈夫、無難には生きない、
などと楽観しないほうがいい。
その立場に馴れた瞬間に、「無難な人生」が、あなたに忍び寄ってくる。
そうならないための合言葉は、
「一回目は逃げてもいい。ただし二回続けて逃げたら、おしまい」である。


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増田紀彦NICe代表理事が、毎月7日と14日(7と14で714(ナイス)!)
に、NICe正会員・協力会員・賛助会員、寄付者と公式サポーターの皆さん
へ、感謝と連帯を込めてお送りしている【NICe会員限定レター「ふ〜ん
なるほどねえ」スモールマガジン!増田通信】。
第156号(2018/0914発行)より一部抜粋して掲載しました。
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